第177話 夢の後始末と破滅への序曲 増える、増える、増える。 それこそ鼠算式に、旅団は人員数を増大させていた。 アンハルトにて出発時の数は1000であったにも関わらず、現在は3000を超えている。 出世栄達のチャンスがあり、商売のチャンスがあり、何処か今までの人生では信じられぬようなところに辿り着けるチャンスがある。 なればこそ、誰もが参加を望んだ。 これは夢の旅路だった。 希望に向かってひたすら前進するだけのパレードだった。 「さて……そろそろ手仕舞いを考えるべきか?」 ザビーネ・フォン・ヴェスパーマンはペンを羊皮紙に走らせながら、一言呟いた。 正直言えば、数が多すぎる。 今のところヴァリ様のカリスマでなんとか組織は成り立っているが。 始まりがあるならば終わりがあって当然で、夢ならば醒めてしかるべきだった。 このザビーネが用意した夢の数は限られており、当たり前だが雲霞の如く押し寄せた卑しい連中に分け与えられる量など用意していないのだ。 何か手を打たねば――いや、それとも。 「このまま、行けるところまで突っ走ってしまうか?」 行けるところまで。 軍勢を増やし、物資を獲得し、増えて増えて帝都を包囲して。 かつてヴィレンドルフの超人英傑レッケンベルがランツクネヒトを率いたように。 それこそ、旅団内で噂になっているように『アナスタシア殿下からの選帝侯位の簒奪』なんてことも――と考えて。 静かに首を振る。 阿呆らしい。 「そんなことをしても、ヴァリ様にも、このザビーネにも何のメリットもない。選帝侯位なんぞヴァリ様は欲しくもない」 ヴァリ様はもちろん、このザビーネとて考えてもいない事だ。 権力と責任とはイコールで結ばれるものだ。 とてつもない責任を負わされて、右往左往して必死に足掻くヴァリ様を眺めるのは絶頂に達するほどの悦楽を感じてしまうのだが。 それはヴァリ様を心から親愛しているからの行為であり、別に本当の不幸など欠片も望んでいないため、散々楽しんだ後の物語はヴァリ様にとってのハッピーエンドでなければならぬ。 最後の最後にヴァリ様が手を汚すくらいならば、このザビーネが処理して片づけを行うのだ。 「共食いで処理してしまうか?」 ふと、そんな案が浮かんだ。 すでに帝都までの道程は半分終えており、20名に一代騎士叙勲を、400名ほどに正規兵の立場と市民権を与えている。 彼女たちは自分の身分を保証し、恩寵を与えてくれたヴァリ様のためであるならば死に物狂いで戦うだろう。 まして、今は人食いアナスタシアが送ってくれたファウストを含めた超人騎士団がいる。 ヴァリ様の安全が脅かされる恐れはもうない。 ならば、多少強引な『共食い』という手段に出ても問題はない。 「トーナメントだ」 無事帝都の直前まで辿り着いたならば、トーナメントを行うというのはどうだろう。 トゥルネイ(団体戦)にジョスト(一騎討ち)、なんでもよい。 未だ夢掴めぬ連中を全員で戦わせ、それこそ今後の人生全てが懸かっているならば、彼女たちは眼前の相手を始末する気で殺し合うだろう。 殺し合わせてとにかく数を減らして、それでも勝ち残ったものには名誉を与えて夢を叶えてやる。 ヴァリ様の手元には、本当に優秀な戦士のみが残る。 勝ち残った連中は夢が叶う。 死んだ連中は、このクソみたいな現世から解放される。 誰もが幸福であり、良い考えに思えた。 「この私はやはり冴えている」 自分でも意図して傲慢な笑顔を浮かべた。 なに、そもそもそんなに簡単に夢掴めるなどと思う方が愚かなのだ。 人の物を奪ってよい、誰かを殺してもよい、どんな酷い事をしても許される。 そして限度を超えれば、他の誰かに殺される。 此の世は『万人の万人に対する闘争』が許容されているのだ。 確かに私の目的は彼女たちの共食いであるが、提案されさえすれば、こちらの意図を完全に理解したところで気にせず殺し合うだろう。 連中にとっては『いつものこと』でしかなく、これは私たちが少し甘い考えであったな、と。 そのような不満を感じる程度で終わりなのだ。 「よし、この案で行こう」 後いくつかは思いつくが、まあ現状としてこの案を超えるものはないだろう。 開催場所にふさわしい平野を探さねばならぬ。 ここは帝都周辺に詳しいベルリヒンゲン卿に声をかけて、主催者も任してしまうのがよろしかろう。 金は払うのだから、トーナメントの敗北者からの恨みや批難を買って出てくれてもよいだろう。 そうそう、そういえば――あのベルリヒンゲン卿も変な女だ。 ヴァリ様を気に入っているというのは本当だろうし、全てを最後でぶち壊して襲い掛かって来るという気もなかったのだろう。 ただただ、この旅路の終わりが酷いものであることを願っており、ヴァリ様を時々眺めては――眩しそうに見つめては、悲しそうに眼を閉じる。 安心しろ、最後にはお前の望み通りになるさ。 私とヴァリ様がやるべきこと、帝都までの行軍とヴァリ様を護るための派閥形成はもうすぐ終わる。 私たちにとって、これでお前らは見事用済みとなった。 「後始末の時間だ」 私は羊皮紙――ヴァリ様が封建領主と話をする際に、領主側の来歴やエピソード、何を誇りにしているか、何を嫌いとしているか、どうすれば屈するのか。 それをまとめた草稿を書き上げて、疲れの息を吐く。 こんなものは元アンハルト紋章官家の当主候補としては大した仕事ではないが、脳内の記憶から抽出するとなれば少し手間がかかる。 休みをとり、小一時間ほど眠ることを自分に許しても良い。 だが―― 「ザビーネ卿、おられるだろうか!!」 「プレティヒャ卿か」 どうも、そういうわけにもいかないようだ。 ハッキリ言って能力的に拾い物であった現地任官のプレティヒャ卿が、焦った声を張り上げている。 「急いでいるのは分かるが、まずは一呼吸されよ。貴女もヴァリ様の忠実な騎士と名乗るならば、人に隙を見せてはいかんな」 特に、ヴァリ様に骨の髄まで忠実というのが良かった。 ヴァリ様がいずれポリドロ家に向かう事となった後でも、彼女ならば忠誠を崩さぬだろう。 プレティヒャ卿が、ゆっくりと一呼吸する。 「その、マインツ大司教からの先触れが到着しています。これはもはや、私では対応できません」 「マインツ大司教?」 少し考える。 マインツ大司教といえば選帝侯にして、三聖職諸侯の一人である。 金狂いの坊主としての悪名を持つ、聖職者とは呼べぬような世俗面の強い人物だ。 はて、何用であろうか? 凡人ならばそれで終わるだろうが、このザビーネならば推測はいくつか導き出せた。 帝都に迫りくるヴァリ様の軍勢に対する、皇帝からの解散命令。 ケルン派への異端審問、彼女らが運んでいる聖遺物ではなく真の目的に対する教皇からの妨害。 それは最初から予測していることだが。 「まだ用件も聞いていないのだろう。何を慌てている」 「今しがた、山賊を探索中の斥候から連絡がありました! マインツ選帝侯の率いる軍勢の数、およそ6000!」 マインツ大司教は、暴力を背景にした交渉をお望みか。 選帝侯家の面子を投げ捨てて、なりふり構わぬ様子である。 はて、面子。 確か、ちょうどベルリヒンゲン卿の来歴を辿るのであれば、彼女が大規模収奪(フェーデ)を働いた大都市が、マインツ大司教の司教区で―― 「ああ、なるほど」 全て理解した。 これは私の予測なので確定ではないが、おそらくは全てが練り混ざって、ありとあらゆる因果が集束して、マインツ大司教はこちらに出向かれたのだ。 おそらくは教皇あたりに囁かれたのだ。 今ならば、ケルン派への異端審問にかこつけてベルリヒンゲン卿を殺せるぞ、と。 それをするためならば、他選帝侯家の第二子女を殺すぐらいの泥を呑めるだろうと。 なるほど。 「ふん」 なるほど。 何度もなるほどと頷き、状況を噛み砕き、咀嚼し、呑み込む。 よろしい。 考えれば、これは何も悪い話と言うわけではないだろう。 夢の後始末を、ケルン派やベルリヒンゲン卿を切り捨てることで、何もかも押し付けてやるのもよい。 元より、ケルン派は本当の目的をヴァリ様に教えぬ不義理を行っており、狙われる原因はベルリヒンゲン卿にこそある。 今までの悪行の後始末がついに来たというだけである。 このザビーネ・フォン・ヴェスパーマンにとって大事なのは、ヴァリ様と、親衛隊の仲間と、恋人たるファウストだけである。 他の物がどれだけ悲惨な死に方をしようが知った事ではない。 まあ、もちろん必要な者は残そう。 「あの、ザビーネ卿?」 「安心せよ、プレティヒャ卿」 まず、コイツは残す。 アンハルトから連れてきた人間に関してだけは見捨てると拙い。 王国の年若き実務官僚殿には、必ずや使い物になる騎士や兵を連れてくると約束してポストを用意させてしまっている。 それを破ると、このザビーネの失点となってしまう。 「マインツ大司教殿はいきなり殴りかかって来るのではなく、交渉のための先触れを出してきたんだろう?」 馬借などの商人に関しては、当たり前だが酒保商人であり全財産に匹敵する額を投資しているイングリット商会が私を殺しかねない勢いで猛反対する。 その信頼を失えば、それこそ冗談抜きで私をなんとしても殺すだろう。 「要するに、マインツ大司教はヴァリ様をどうにかしてやろうという気はないのさ。狙いはケルン派であり、ベルリヒンゲン卿である」 あとはケルン派だが、やはりこれもポリドロ領の助祭や、アンハルト在中のケルン派聖職者に関しては見捨てられないだろう。 ヴァリ様やファウストが反対する。 だが、要するにだ。 それ以外のケルン派聖職者なら全員を見捨ててもよいのだ。 あんな偽物の聖遺物など打ち捨ててしまってよい。 「プレティヒャ卿。選別は終わりだ。すでに認められたものは全員守ってやるが――後の者など皆用済みだ。全部生贄として、血に飢えたマインツ大司教殿に差し出してやるさ」 私はけらけらと笑い声をあげて、閉口するプレティヒャ卿を見つめた。 ただ一つ、気がかりなのは。 ヴァリ様を説得するのにだけは手数がいるだろう。 マインツ大司教との交渉などよりも、そっちの方がよほど問題であった。