第174話 伝令使デカマラス卿 はて、どうしたものか。 このヴァリエール殿下の忠実な騎士たるプレティヒャは少し悩んでいる。 旅団規模は旅をするにつれて膨れ上がっており、さすがのザビーネ卿とて一人では旅団全てに対する統制など不可能である。 ゆえに何度も言うが、このヴァリエール殿下の忠実な騎士であるプレティヒャが職務を手伝うことは至極当然と言えた。 具体的には、今こうしているように旅団への参加希望者たる傭兵団や黒騎士などと相対しては会話をして、どのような人間か見定めておくのが私の担当である。 さて、まあ私とて100名を超えているクズ傭兵どもを率いる傭兵団の団長であったわけであるし、当然のように荒くれ者の相手など慣れてはいる。 それどころか、封建領主に雇用されて指揮下に従った事もあるのだ。 ある程度の交渉事にも自信はあるのだが、この状況には少し困っている。 「ヴァリエール殿下の姉君、アナスタシア様からの伝令使であります。ヴァリエール殿下との謁見を求めます」 髪を馬尻尾のように縛った、神経質そうな騎士が口を開いた。 彼女が騎士であること、それについてだけは嘘がないだろう。 明らかに彼女は知性的な騎士階級の雰囲気を漂わせており、間違いなく私よりも地位は高いと思われた。 「……それはそれは。もし殿下を気遣っての手紙とあれば、ヴァリエール殿下も喜ばれましょう。早速お取次ぎしたいとは思うのですが……」 はて、アナスタシア様の伝令使と言い張る彼女たちをどう表現していいのか分からぬ。 従者も連れておらぬ騎士達で、いや、従者は一人いるが幼子である。 その幼子すら明らかに裕福な階級の出自と見受けられ、どうにも悩む。 彼女達が騎士階級であることは間違いないが、さて、このプレティヒャは新参者であるのだから、彼女たちがアンハルトの騎士なのかどうかはわからぬ。 ザビーネ卿は暗殺を酷く警戒しており、出自の卑しい連中だけでなく、どんな高名な騎士や聖職者が来たところで殿下との謁見は妨害しろと言っている。 とはいえ、殿下の姉君からの伝令とあっては謁見を拒むこともできぬし、これはもうザビーネ卿に判断を仰ぐべきと思われた。 だがまあ、上司であるザビーネ卿に判断を仰ぐには少し早かった。 自分では何も判断することが出来ない指示待ち人間と思われたくはない。 少々、彼女たちを見定めねばならぬ。 外見から出自の推察を開始して、情報を収集する。 八名からなる集団であった。 一人目はモーニングスターなどをぶら下げた大柄の騎士で、西方海洋国家の出身と思われた。なんとなく「女好き」の雰囲気がある。 二人目は東洋人と思われ、カラスのように黒い髪を白束でまとめた女だった。まるで白痴を思わせる、どことなくぼーっとした雰囲気がある。 三人目は顔面のそこら中に傷跡があるが、大輪の向日葵のような笑顔を保っている。ケルン騎士修道会出身たる証明をプレートメイルに刻んだ騎士だった。多分ケルン派なので頭がおかしい。 四人目はまた東洋人で狼のように鋭い目をしており、おそらく騎馬民族出身と思われた。この陣幕近くで露店を開いている、ロバ二匹連れた馬借から買った物と思われる林檎を齧っている。 五人目は少し陰気な顔をしているが、両手を大きく伸ばして、胸を反って、太陽を称賛するようなポーズを何故か取っている。頭がイカれているのだろうか。 六人目は先ほどから私と会話をしている、知的で神経質な騎士であった。おそらくは色物揃いの同僚たちに苦労してそうである。 ここまで見渡して、まあ素直に変な連中だなあと思うが、一番変なのはもっとも図体のでかい騎士だった。 頭目と思われる騎士で、身長2mをゆうに超える巨躯により強烈な迫力を周囲に与えている。 完全武装のケルン記章を胸に刻んだ騎士であり、古臭いデザインで完全にバケツのような――グレートヘルムなどを被っていた。 横には利発そうな従士を引き連れており、どうも自分では何一つ語らぬつもりなのが窺える。 さて――従士を含めた八名の伝令使を眺めて、私は一つの結論を出した。 何が何だかわからないが、もうとにかく胡散臭い連中である。 今までの人生で初めて見たってぐらいに胡散臭い。 正式な使者として信じても本当によいのだろうか? いや、賊とかそんなのではないと思うが、本当にヴァリエール殿下の姉君であるアナスタシア様からの伝令なのかと言われると怪しかった。 「失礼。このプレティヒャはアンハルト騎士として新参者なので、貴卿らのことは知らぬのです。本当に伝令使とあれば、証明する手段はお持ちですね?」 私の言葉を聞き、頭目たるグレートヘルムがこくんと頷いた。 従者が理解したように動き、腰にぶら下げた書状を私の眼前に持ってくる。 「アンハルト王国の王族のみが使える封蝋を施した書状であります」 紋章官でもない私さえ知っている王国の紋章であり、確かにこれは麗しきヴァリエール殿下が使用されているものと同じである。 だからと言って、これのみで信じることはできないからザビーネ卿にお見せして、ヴァリエール殿下にまず手紙を開封してご確認頂き、謁見許可を与えるべきか確認しよう。 この伝令使たちと殿下を合わせるのは、ちと信用ができない。 「真に申し訳ありませんが、陣幕にてお待ちいただくことになります。ご理解を」 「……」 こくん、とグレートヘルムが頷いた。 なにか喋れや、と思う。 私ごとき新参者とは会話できないとでも言うつもりか。 腹は立つが、もはやこのプレティヒャには騎士としての立場がある。 配下として元団員達もおり、もはや好き勝手に生きてはいられぬ。 このような怒りは心の内に鎮める必要があった。 「早速ザビーネ卿にお伝えします。ああ、伝令使殿の名前をお伺いできますか」 喋る気が無いとは言え、名前ぐらいは教えてもらわねばならん。 別に、それを答えるのが誰でもいい。 私は頭目を無視して、他の七人に視線をやる。 だが――何故だか皆は露骨に視線を逸らし、口にしたくないといった雰囲気である。 ただ一人だけ、視線があった従士が少し眉を顰めながらに答えた。 「デカマラス卿です」 「……」 はて、耳がおかしくなったのだろうか。 何か変な言葉が聞こえたが。 私の知る限り、デカマラスとは「チンコでかいねん」という意味である。 「すいませんが、もう一度。耳が遠かったようで」 そんな舐め腐った名前の騎士がこの世にいるわけがない。 そう思い、再度聞き返すが。 「いえ、プレティヒャ卿の耳は正常です。デカマラス卿が我らの正使たる彼女の名前です」 従者は真剣な口調で答えた。 仮に伝令使殿の名前が本当だとしても、すぐにでも改名をお勧めしたいところであったが。 いや、それ口にすると侮辱になりかねないしな。 そんなの新参の私がやると問題だしな。 何せ、このプレティヒャはヴァリエール殿下の忠実な騎士として今後とも生きていかねばならないのだから。 死ぬほどツッコミたかったが、諦めねばならぬ。 「承知しました。アナスタシア様からの伝令使が来た事、確かにお伝えします」 私にできるのは職務を全うすることだけだった。 とりあえず、ザビーネ卿にはアンハルト王国の騎士って変な奴らしかいないのか、念のために聞いておこう。 それぐらいは許されても良いように思えた。 私はすぐに席を離れ、ザビーネ卿に全てを伝えたが。 「デカマラス卿なんかアンハルト王国にいないぞ。いや、この封蝋は確かに本物だし、間違いなく『人食いアナスタシア』からの書状だとは思うけど。とにかくヴァリ様に報告するから、ちょっと待たせとけよ。それまで相手しといてくれ」 回答は無慈悲なものである。 じゃあアイツなんなんだよ。 あのグレートヘルムを脱いだ後、どんな女がどんな面してデカマラスなんて名乗ってるんだよ。 私は会話もしてくれない彼女への怒りを消沈させると同時に、その存在が酷く気になっていた。