第168話 聖ゲオルギオスの聖なる戦棍 いよいよ、大規模なフェーデ(合法的掠奪)計画が始まる。 私が領主のところまで出向いて「金払うか死ぬかどっちか選べ」と何十回も繰り返し告げに行く、酷く胃の痛い作業が明日にも始まるのだ。 ――その前に、ケルン派に問いたださなくてはならないことがある。 もはや、彼女たち聖職者の目的がこのアンハルト第二王女たるヴァリエールの手助けでないことは明らかである。 「いくら殿下が信徒の立場であるといえ、ケルン派が塩の配給などにより利益を提供してくれてるとはいえ、彼女たちの目的を把握できないならば。これ以上の同行は拒否するべきだ」 新たに加わった強盗騎士であるアメリア・フォン・ベルリヒンゲン卿がこちらの状況を察し、不安要素はできる限り排除する必要があると私に進言した。 合法的掠奪の強力な顧問にして、帝都までの道先案内人を担当してくれている彼女のそれを拒否することはできない。 私はポリドロ領の助祭を呼び、さて、どうしようかと思うが。 殊更に悩む必要は無かった。 ただ言葉を口にすればよいだけだ。 「ポリドロ領の助祭。この旅の従軍神母にお尋ねします」 「はい、信徒ヴァリエール。このケルン派の助祭は何でもお答えします」 眼前にのほほんとした顔で立つ助祭は、何でも正直に答えてくれるであろう。 私は一度周囲を見回して――立ち寄った街で一時借り受けした屋敷、その一室にいる側近を眺める。 ザビーネはいつもの調子で世の中を馬鹿にしたような顔をしているし、アメリアはただ状況を把握したいから傍にいるだけで、何か口を挟むつもりはないから殿下が解決せよと。 そう事前に告げられている。 要するに、まだ私はアメリア卿からの査定評価中の身の上なのだ。 私を含めた四人が一つ、妙な空気を吸った後に。 意を決して私は尋ねた。 「ケルン派が帝都に訪れる目的は何か? 従軍神母としてだけなら、ここまで規模を増やす必要はありません。貴方たちが何か崇高な目的を持って、私たちに同行しているのはわかっています。だから、この旅を全うしなければならない指揮官として率直に問います」 信徒として、このような事を口にするのは本当に心苦しいとは思っているのですが。 そのように、欠片も感じていない配慮を口にして。 再度、質問を口にする。 「ケルン派が帝都に訪れる目的は何か?」 率直にお答えいただきたい。 掌を見せるように差し出して、助祭に返答を促す。 「信徒ヴァリエール殿下に聖職者としてお答えします」 彼女は何か説教をするように、一つだけコホンと咳をついて。 「聖遺物を枢機卿にお届けする為です」 きっぱりと言い放ち、私は予想外の返答に戸惑った。 正直言えば、私の想定だと―― 『くたばれ暴力教皇ユリア! ついに時代の風が訪れたのだ!! 貴様の死骸を踏み越えて我らケルン派が新秩序を築き上げる!!』 だの。 『帝都ウィンドボナに火を放て! ケルン派がついに腐った帝国に変化をもたらす日が訪れたのだ! 贖罪主のアガペーによる救済を皆に与えよ!! ものみなこぞりてマスケット銃を掲げて、鉄火を打ち鳴らせ!』 だのも有り得た。 そのような気の触れた事を言い出す可能性まで考えていたのだ。 それを考えている間、私は凄く胃が痛かった。 可能性は可能性にすぎず、まあ実際にケルン派が極端に他人様に迷惑をかける形で暴発する可能性は本当に低い。 それはわかってはいるのだ。 ケルン派が自らを律して、修道女一人に至るまで常に聖職者たらんと努めていることは知っているし、なんだかんだで贖罪主の愛を大切にしているのだろう。 隣人愛は正義に並び、時にはそれすらも超えると贖罪主が示した倫理価値観である。 それを心底大事にしているケルン派は、本当に尊い聖職者たちといえた。 ……清貧であれば、それだけでよいなどとは貴族として思わないけれど。 そのあたりは聖職者たる「祈る人」の分野であるのだから、あまり触れる気はない。 だが――まあ、ともかく、心配しているほどの変な事は言われなかった。 聖遺物の運搬か。 うん。 別に、ケルン派が何か聖遺物――聖人の遺骸や遺品、崇敬の対象となるそれを運んだところで問題はないと考えた。 話をこれで終えようとして。 「……」 アメリア・フォン・ベルリヒンゲン卿が鋭い眼光で私を見つめていた。 お前、まさかそんなもんで話を終わらせるつもりじゃないだろうな。 そんな目である。 わかってる。 わかってるってばよ。 如何に聖遺物の運搬であろうが、ケルン派が徒党を組んで帝都に出向いている今の行動の説明にはなっていない。 何か、裏で絶対にヤバイことしてるのは理解している。 「続けて質問をお許しください。聖遺物とはどのような物でしょうか?」 「……」 助祭は腰から、柄の長い戦棍を取り外した。 両手でそれを掴み、崇敬の念を抱いているようにして、丁重に私に見せる。 まさか、それが聖遺物だなんてことは―― 「これはケルン派の偉大なる聖人、聖ゲオルギウスの聖なる戦棍です」 別に聖ゲオルギウスはケルン派の聖人じゃねえよ。 何ホラ吹いてんだテメエとザビーネを叱るように突っ込もうとして、辛うじて抑えた。 聖職者が喋ってる最中なのだから、黙って話を聞かなければならない。 スコラ学で例えるならば「レクツィオ」(読解)の段階であり、私は疑問を差し挟むことはしない。 「ヴァリエール殿下も御存じの通り。聖ゲオルギウスがドラゴンを殺した際に用いております。ケルン派に改宗した民衆の前で、この聖なる戦棍で滅多打ちにしてドラゴンを殺処分しております」 私が御存じなのは、聖ゲオルギウスがドラゴンを引き連れて異教の民衆に改宗するように促したような、よくよく考えれば結構アレな行為で。 ああ、そうだ。 丁度、私が最強強盗騎士アメリア卿を引き連れていって、領主に金払えって脅すような。 私の良心から言えば、もう他人様に槍で心臓を貫かれても文句言えないような酷い行為でなかろうか。 やるしかないから、もうやるけど。 「加えて、ヴァリエール殿下も御存じの通り。ケルン派へ改宗した王配に対しても、これで異教の女王を殴り殺せと投げ渡した聖なる戦棍。その時もこれを投げ与えたと言われております」 私が御存じの限りでは、どう考えても聖ゲオルギウス伝説にそんなエピソードは存在しなかった気がするんだけど。 いや、もう、ケルン派の中ではそういうことになってるんだろうな。 アメリア卿が眉を顰めて、何トチ狂った事言ってんだよコイツみたいな顔をしている。 たぶんケルン派への理解が足りないのだろう。 私は最近理解しつつある。 そういうエピソードを『発見』しましたと言い張るところがケルン派にはあった。 別に、貴族も普通に血統の家系図だの、過去の土地や主従契約の古文書だのを『発見』することは珍しくもないから、あんまり胸を張ってケルン派の狂気を批難することもできない。 「私の――そして我々神母集団の目的は、これを枢機卿猊下にお届けすることであります」 私は世の中ままならない事ばかりだと、少しばかり悲しく思いながらに助祭の目を見つめる。 助祭は、真っ直ぐ私と視線を合わせた。 まあ、理解している。 助祭は紛れもなく本気であり、そして彼女と共にある姉妹のケルン派聖職者たちも、これが聖ゲオルギオスの聖遺物であると。 『聖なる戦棍』であることを何一つ疑っていないのだろう。 私は頭痛がした。 ザビーネは超胡散臭そうにして、聖遺物を眺めている。 アメリア卿は正気かケルン派と、視線で私に尋ねてきた。 世間の狂気はケルン派の正気であるのだ。 そういう意味で言えば、間違いなくケルン派は正気であった。 「理解したわ」 聖ゲオルギオスの時代にそんなデザインの戦棍なかったんじゃね?と言いそうになって必死に堪える。 もう、ケルン派がそう言い張っているなら、信徒である私がそれに異議を唱えるのはもうアレだった。 何の利益もない以上は、異議を唱える意味はない。 「ケルン派は聖遺物の運搬を目的として、人を集めていたのね」 「はい。何せ聖遺物は他所から強奪されることも珍しくありません」 お前それ聖遺物でもなんでもねえだろ。 誰もそんな偽物奪わないだろ。 そう生来のツッコミ気性を必死になって、辛うじて堪える。 「何せ、聖遺物専門の強盗集団がいるくらいです。ヴァリエール殿下ならば御賢察頂けますでしょうが、この機会に他の宗派がこの『聖ゲオルギオスの聖なる戦棍』を奪いに来ないとも限りません」 強盗集団も、他の宗派も専門家であるならばこそ、それが偽物であることぐらいわかると思うんだけど。 これが紛れもなく本物の聖遺物であると信じてくれるのは、唯一ケルン派のみである。 「聖遺物は持ち主を選ぶと言われています。もし略奪が許されざる行為なら、聖遺物が抵抗したに違いない。ゆえに略奪の成功は、ケルン派における聖遺物の保護対応に不満だった証左である。よって略奪による移動は聖遺物の意志にかなっていたと看做されてしまいます」 考える。 ケルン派って、本当に何も考えていないのか? 目的は本当に聖遺物の運搬が目的であり、それを略奪されたならばケルン派の面子を汚すことになるから、誰もが一丸となって協力している。 故に、帝都までの旅路は慎重に慎重を重ねている。 「アンハルトにおける司祭様は、今回の信徒ヴァリエール殿下の帝都までの旅は良い機会である。これを枢機卿にお届けしてくれと。そう私に命じております」 私は悩んでいる。 筋は通っていた。 そして、紛れもなく眼前の助祭は本心本音で語っている。 これ以上のクエスティオネス(質疑)は無駄であった。 私はそれを理解したので、もう話を打ち切ることにした。 「素晴らしい考えと目的ね。私も協力するわ」 信徒としては、そう発言すること以外に何もできない。 私は助祭の手を取り、彼女の同行を今後とも許す事にした。 「殿下ならそう言って下さると思っていました」 助祭は手を握り、これを喜んだ。 これで話は終わり。 何事も解決したはずである。 助祭は聖職者として綺麗に首肯し、部屋を辞した。 ――残されたのは、私とザビーネ、そしてアメリア卿。 完全に助祭が消え去ったと判断された瞬間に。 「絶対嘘です。いや、助祭自身は本心を告げていましたけど」 ザビーネは虚偽と判断した。 助祭が嘘をついたのではなく、ケルン派自体の意図は明確に違うと判定したのだ。 「おそらくは。助祭が何も知らされてないだけで、何か真の目的がケルン派には隠されている」 アメリア卿もまた、虚偽であると判定した。 こちらは強盗騎士としての経験則に基づく見解であり、ザビーネの意見同様に否定することはできなかった。 とはいえ、この私の立場としてはだ。 「だからといってどうするのよ。ケルン派上層部の意図はこの場で知りようがないし、正当な名目がある以上、もうこのまま連れていくしかないのよ」 指揮官として、信徒として、ケルン派の同行をこれ以上拒否する名分などもうどこにも見当たらなかった。 ケルン派の聖人では絶対にない、我ら騎士の模範たるべき聖ゲオルギオス。 その槍が、私の腹部を貫いたかのような痛み。 私の胃には今、その症状が明確に発生していた。