第161話 超暴力(ズーパー・ゲバルト) 金が無いとは、首を吊っているのとおんなじだ。 貧乏に生まれるというのは、死んでいるのと同じことなのだ。 人は生まれ落ちた瞬間より親の立場により差別され、階級を区別され、その人生を生きていかねばならぬ。 もし惨めな立場に産まれ落ちたならば、ありとあらゆる人間が自分を貶め、軽んじてくることに耐えていかねばならぬ。 侮辱に耐え、怒りを制御し、歯を食いしばって、目を強くつぶって何もかもを諦める。 産まれた環境が違うというだけで、社会から露骨な侮辱を投げつけられ、悪なる迫害を受けなければならぬ。 かつて――私は。 かつての私はそうだった。 騎士階級にこそ、嫡子にこそ産まれたが――城もなければ猫の額ほどの領地もない。 主従契約を結ぶ主君すらおらず、それどころか家紋すらなかった。 郷士階級にすら届かぬ「戦う人」とは名ばかりの貧乏騎士、黒騎士などと呼ばれる立場の産まれにあった。 傭兵業と街道での強盗騎士で食っている黒騎士の母が、大衆の淫売宿で遊んで孕んだ結実。 誰かもわからぬ男の種にて産まれたのが私であった。 そのような産まれの人間が社会から受ける処遇など、容易に理解できるだろう。 聖職者から、商人から、市民から、ありとあらゆる者から侮辱を受けた。 社会から侮辱を受け続けて生きていた。 抵抗する術を持たない私は歯を食いしばり、必死に耐えていた。 いつか私が大人になり力を得たならば、全てを見返せる日が来ると信じて。 そんな14歳を目前に、母が死んだ。 街道の縄張りで強盗騎士働きを試みた際に失敗し、襲った武装商人にぶち殺されたらしい。 まあ、いつかそうなるとは覚悟していた。 珍しい話ではないのだ。 強盗騎士仲間にも同業組合があり、遺品である母の甲冑は誰かに売り払われることもなく遺体ごと回収され、私に届けられた。 届けてくれた仲間の言葉によれば、母が失敗した理由はこうであった。 「娘がもうすぐ一人前の騎士になる齢なのだから。どこかに仕えさせるためにも、せめて見栄えを整えるための金が欲しい」 盗賊騎士仲間があの商人は武装しているから厳しいと避けたのに、だからこそ金持ってるんじゃないかと無理して強盗しようとしたらしい。 阿呆である。 私は母の手を握り、涙を一滴零した。 人の足元を見てくる強欲な聖職者に大金を払い、なんとか葬式を済ませれば、もう私の手元に金など残らぬ。 整備する余裕すらないからと、黒い錆止めを塗りたくっただけの粗末な甲冑。 一本の剣。 それだけが、母が私に残してくれた財産である。 もう、これしか何もない。 だからこそ私は決意した。 明日には引き払わねばならぬ家にて剣を握り、自分の剣で自らの肩を叩く。 まるで自分の首を刎ねるような仕草にて、叙任式を執り行う。 忠誠、公正、勇気、武勇、慈愛、寛容、礼節、奉仕。 騎士道になど何一つ誓わぬ。 「これより暴力にのみ生涯の忠誠を誓う」 誓うべき主君もおらず、城はなく、領地はなく、領民はなく、私にあるのは一本の剣と粗末な黒塗り甲冑のみである。 この肩を剣で叩いてくれるものはおらぬ。 なれど私は『何かに仕える見栄えの良い様相をした騎士』として生きるつもりである。 それが母が私に望んだ、最後の遺言であるからだ。 ならば、私はこれより暴力を主君として忠誠を誓い、決して暴力を裏切らぬ。 仮に、主君たる『暴力』に名前をつけるとするならば。 超暴力(ズーパー・ゲバルト)こそがその名であり、私の主君である。 そうだ、あの時私の盗賊騎士としての人生が始まったのだ。 愉しかった。 本当に愉しい日々だった。 私に屈辱を味合わせ、侮ってきた聖職者、商人、市民に報復していく日々だった。 盗賊騎士としてグステン帝国までの街道に縄張りを敷き、旅商人などを脅しては地道に資本を稼ぎ、やがて同じ黒騎士や傭兵などと雇用契約を結んでは集団を組織する。 それはそれでよかった。 少しずつ社会に対する復讐を果たしていくのもよかった。 だが、私が群れを成してやりたかったのは村落の掠奪や放火などといったチンケな暴力ではない。 超暴力である。 街道における盗賊行為などは、単なる着手金を稼ぐ方法でしかない。 私がやりたかった計画は。 私が若き頃にやり遂げた『超暴力』は。 数万人が住む繁栄した大都市に対する合法的掠奪(フェーデ)である。 そうだ、私は強盗騎士同盟が都市に対して脅迫し、商人や市民が積み重ねた巨額の富を吐き出させるフェーデの主催者になりたかったのだ。 私が狙った都市は司教区であり、聖職者が統治していた。 社会に為すべき復讐にふさわしい条件は全て揃っていた。 足りないのはたった一つ、フェーデを挑むにあたっての理由である。 私は十分に力を蓄えながら時を待ち、都市の参事すら任される大商家に対して、一つの騎士家がある侮辱を受けたと話を聞いた。 騎士家の息子が金で買われて、大商家の跡取り娘に攫われたというのだ。 まあ攫われたというか、ぶっちゃけ略奪婚によくある話である。 裏では話が通っており、騎士家にはすでに婚姻のための大金が支払われていたのだ。 騎士家側が「金が足りない。もっとよこせ」と後からごねたのが真相である。 こちらもよくある話である。 私は喜んで騎士家が起こした騒動に横から割って入り、その当主が満足するだけの金を支払って、大商家に対して脅迫する権利を買い取ったのだ。 もちろん、荒れに荒れた。 商家からの返答はこうだ。 「汝は代理人というが、事実上ただの他人ではないか。貸金取り立て業まがいをそこら中でやっていると聞く。下種な盗賊騎士が徒党を組んで、武力で脅すことによる巨額の賠償金が目当てであろうが。騎士の誇りはないのか。市の参事も務める当家を甘く見るな! 貴様などどうとでも殺してやるわ!!」 笑わせやがる。 人から金で買った権利を使って、金を稼ぐことに利用して何が悪い。 まして、この超暴力に忠誠を誓った盗賊騎士相手に、誇りだのなんだの、一銅貨にもならないことをほざきやがる。 まず火は付いた。 あとは延焼させ、都市ごと燃やしてやるだけであった。 私は言ってやった。 市の参事も務めておられる商家が金を払ってくれないので、仕方なくフェーデにより取り立ていたします。 無論、狙うのは金を払ってくれぬ商家だけでなく、都市全ての商人の輸送馬車である。 大義名分などもちろんない。 ないが口実など、最初の火さえつけば後からどうとでも取り繕えるのだ。 大義名分よりも、襲撃の方が優先されるなどフェーデではよくあることである。 私が欲しかったのは、本当に最初に少しだけの難癖をつけるための口実であるのだから、ここまで辿り着けば何の問題もなかった。 「出番だぞ、お前ら」 こちらには、必死な蓄財の全てを吐き出すことで。 今回のフェーデ計画の全容を打ち明けて、他都市の商人から投資させることで得た数百人の盗賊騎士と傭兵がいた。 私は百人以上の商人を捕らえて人質とし、馬車を捕らえては全て売り払った。 都市側は対抗すべき手段がない。 いや、対抗したくてもできないのだ。 兵力が払底している。 都市側が防衛するために雇い入れる黒騎士や傭兵は、私が全て雇い入れていたし。 遠方から雇い入れようとしても、私が更に金を積んでこちら側に引っ張り込んだからだ。 勿論、都市側にも普段から雇い入れている騎士や兵などがいるが、その頃の統治者たる司教に率いられて都市におらぬ。 ユリア教皇が教皇領を取り戻すために起こした戦による参陣要求に応じ、ほとんどの騎士が出払っていたのだ。 もちろん、何もかもこちらは承知の上で動いた。 フェーデは全て計画通りに運んだ。 いずれ都市側が根をあげ、巨額の賠償金を支払ってくると思われた。 唯一。 唯一、失敗したことがあるとするならば、そこからの必死の抵抗を甘く見ていたことだろう。 私の右腕は、その時失った。 あまりに追い詰めすぎ、都市の城壁まで輸送馬車を追いかけた際に、固定砲台からの一撃を受けて指も掌も無茶苦茶に千切れてしまったのだ。 思えば、あの時失った右腕に対する賠償金も請求するべきであったか。 いや、私はちゃんと都市側がギリギリ限界まで払っても、参事や商人が市民に殺されぬ額を請求したのだ。 市民からの徴税でギリギリ搾り取れる額を計算したのである。 あれ以上は無理だったであろうな。 ともあれ、私はともかく都市を追い詰めに追い詰めた。 そうして双方が心の底から良かったと手を叩いて笑い合える和解を勝ち取り、巨額の賠償金を受け取ったのだ。 最初に私がフェーデの権利を買い取った騎士家などは、市民の手によって随分とまあ惨たらしく拷問死したらしいが、目先の金に血迷った方が悪いのでどうでもよい。 私は得た賠償金を各位に報酬として分け与え、他都市の商人からの投資額に対しても巨額の配当を支払った。 残ったのは三分の一に満たぬ金額であったが、それでも十分に足りた。 田舎の領地と城を買い、今後の人生における老後保証を満たすには。 そうだ、私はこれにより社会に対し報復を済ませたのだ。 自分の身分を覆すこと、フェーデ(自力救済)するということは。 おそらく、此の世における至上の快楽に感じられた。 私は自分が貧乏騎士に産まれた事を、ある意味では幸福に思っている。 裕福な家庭に産まれれば、このような快楽を感じることは生涯なかっただろう。 私は一つの言葉の語彙を、この時決定づけた。 自身の破壊的衝動と怒りに身を任せ、力を思うがままに振るうことはただの暴力でしかない。 それは愚かな野蛮なる暴走に過ぎぬ。 惨めな自分を救済するために、ありとあらゆる知略と努力を払う事。 それを超暴力(ズーパー・ゲバルト)と呼ぶのだ。 真に偉大なる我が主君である。 ――ああ、そうそう。 あの司教領を統治していた司教様、必死に領地に帰ってきたもののギリギリ間に合わず、私が右腕の鉄腕義手にて抱き合って和解するハメになった彼女。 今ではなんでも枢機卿にまで成り上がったそうじゃないか。 ユリア教皇のお気に入りと聞く。 私から受けた被害に対する同情からか、教皇が気まずくなって枢機卿に推してくれたのだろうな。 これはもう大いに感謝して、何か好意のしるしを私に送ってくれないものかね。 そのような事を嘯く。 嘯ける権利を得たのが、私の今までの人生の結末であった。 で、あるのに。 「――よく聞こえませんでしたな。アンハルト選帝侯家、第二王女殿下。私の聞き間違いであったと思うのですが」 否定する。 私は今聞いた言葉を否定した。 眼前のヴァリエール・フォン・アンハルトが、この盗賊騎士に先程告げた言葉を否定した。 通りすがりに過ぎぬ14歳のガキ風情が放った言葉に対し、慈悲をかけて訂正の機会を設けてやったというのに。 彼女は言を翻さなかった。 「貴女の領地を通りかかったところ、たまたま盗賊団が居たので皆殺しにしたわ。少し疲れたので、領地にてしばし逗留させてもらえないかしら。私が連れてきた旅団って、1000名を超えちゃうのよ」 そのような、脅迫の台詞である。 私がかつて為してきた、フェーデとも言い換えられる宣言であった。 貴族語で直訳すると「金払え。お前の意思で自発的に私に金払え。さもないと領地に兵数1000以上で居座るどころか、もう何が起きるかわからんぞ」である。 もう脅迫以外の何でもない宣言を吐いたのだ。 私を誰だと思っている。 貴様、私を誰だと思っているんだ。 選帝侯家の裕福な産まれのバカ娘が、私に何を要求しやがった! 「私の名前は――アメリア・フォン・ベルリヒンゲンである」 自分の名は有名だと思って今まで生きてきた。 さすがに、あのヴィレンドルフの英傑レッケンベルなどには及ばぬだろうが。 盗賊騎士と名乗れば、誰もが私の名前を思い浮かべるであろうと思って生きてきた。 銀貨数万枚を奪い取る大規模なフェーデを成立させた盗賊騎士として帝国史に残るであろう。 あの脅迫した都市であれば、名を聞いただけで子供すら泣き叫んで逃げ出す恐怖を世に刻んだのだ。 そんな我が人生に対し、目の前のバカ娘は最大の侮辱を働いたのだ。 此の世全てを奪ってくることで生きてきた私に、金を払えだと! 産まれながらにして蝶よ花よと育てられ、アンハルト選帝侯の第二王女殿下として崇められてきたであろうヴァリエールという女がだ。 貧乏騎士の産まれにして、全ての裕福なるものから侮辱を受け。 未だ超暴力以外の誰にも頭を垂れた事もなく、誰に対しても頭を下げる謂れのないこのアメリアに対して、遠回しとはいえ屈服を要求してきたのだ。 「貴様、この盗賊領主騎士アメリア・フォン・ベルリヒンゲンの名を知らぬと申すか! 私の今までの人生全てを侮辱する気か!!」 私は声を荒げて怒号を放つ。 此の世全ての怨嗟を籠めた威圧を受けたところで、微笑みを全く崩そうとしないアンハルト選帝侯第二王女。 ヴァリエールという少女の顔を、激怒とともに睨みつける。 まるで蝋細工のように白く、青白ささえ感じられるが――やはり、その微笑みは崩れようとしなかった。