第156話 落ち穂拾いのヴァリエール 我等は盤の弾かれもの。 或いは家庭、或いは市場、或いはお城。 要らぬ要らぬと棄てられて、石を舐めて飢える日々。 このまま路傍の塵芥と、変わらぬ未来が精々だ。 しかしながらあの方は、枯れた我等の手を取りて 確かに言って下さった。 泣くな、憂うな、腐れるな。お前達は落ち穂なり。 その気があればまだ見えぬ、価値をこの世に示せるとも。 命を懸けて付いてこい。我が身を落ち穂と思うなら、落ち穂の矜持があるならば。その身を以て価値示せ。 どうせいずれは塵芥。此処に居場所が無いのなら、落ち穂の爆ぜ音鳴らすべく、裸足で参じた1万人(※吟遊詩人独特の誇張) 熱砂を、砂利を、ぬかるみを。等しく肩組み踏み越えて。 倒れるものを踏み越えて、長らえ者と生を祝う。 明日もこうして価値示そう。そうして生き抜いた夜明けには、新天地にて芽吹くのだ。我々だけの人生が。 某国の小教会の納屋に納められていた羊皮紙に記された「落ち穂の行進」より抜粋。 ――――― また吟遊詩人が何やら詩を思いついたようであった。 ロバに引かれる荷台の上にて、足を崩してリュートを奏でていた。 「至難の旅。絶えざる危険。生還の保証無し。なれど、貴様には吟遊詩人として我が旅団1000人の顧客を得られよう。同時に衛兵や巡回騎士に袖の下を渡さずして、その命が絶えるまで城下大通りにて自由に謡う権利を与える」という約束で同行を決意した者である。 まさに大盤振る舞いであり、死を賭してこそ初めて叶う欲望により、彼女が奏でるリュートは冴えわたっていた。 さて、一応今回の徴兵は成功したが、不確定要素も混じってどうなるか。 このザビーネ、少しばかり先を危ぶんでいる。 「少し失敗しているか? 誰も彼も予想通りに動いてくれるはずもなし」 思わず愚痴を漏らす。 当然、横で馬に乗る指揮官にも伝わった。 「ザビーネ、なんか凄く不安になることを口走らなかった?」 「何でもないですよ。ヴァリ様」 「何でもないわけあるか」 失態である。 胡乱気に私を眺めるヴァリ様に、私はどうしようかと一寸悩むが。 さて、もはや旅出にまでこぎ着けたなら何も隠す必要は無い。 このザビーネ、ヴァリ様の身代わりであるならば、どんなに惨たらしく死んでも良い。 同時に、全ての実権を握り、ヴァリ様を傀儡として何もかも身勝手を行うつもりでもない。 最後の手綱だけは、ヴァリ様に握っていただくと決めているのだ。 「ヴァリ様。状況は理解しておられると思いますが――」 「理解しているわよ。官僚に筋を通してある話も聞いた。はっきりいって、ザビーネのやり口は気に食わないけど。まあ、誰も彼もが命をベットする権利があるし、ザビーネとて別に善男善女を騙すための嘘をついたわけではない。それは理解してるわ」 決して頭の悪い方ではないのだ。 高等教育を受けており、人心を安寧させる気品と外見を持ち、部下の幸せを考える優しさも持ち合わせていた。 だが王宮では凡庸と扱われ、実際に踏ん切りが弱く、その能力を活かせていないものと看做されていた。 今でこそ初陣や和平交渉など実績を積み上げた事、アナスタシア殿下との関係が良化したために、侮られることなど早々ないが。 どうしても悪いと言えば。 結局は、ヴァリ様は蜂蜜のように甘いのだ。 その甘さは王と騎士という双務的主従契約の上では、お互いのためにならぬ。 だが―― 「成功の暁には、私だけが集まった彼女たちに代価を支払う保証ができるなら。そうありましょう」 ヴァリ様は私が死んだら心の底から泣いてくれるし、死ぬまで私の事を覚えているだろう。 死に際に私の頭を膝元に置いて手を握り、わんわんと泣いてくれるであろう。 だがアナスタシア殿下などは、私が本性のままに力の限りを尽くしても、その死に際には「ザビーネが死んだ? 吉日だな」などと笑って手を叩くしかしてくれぬ。 人から見れば自分の本性など醜い化物だと、理解しているのだ。 「だからザビーネ。何か気にかかっているなら全てを話しなさい」 だから、私はヴァリ様に仕えているし、それ以外を主君にする気もない。 何度も言うが、その立場を傀儡にするつもりもなかった。 さて、最後の手綱を握ってもらうことにしよう。 ここからはヴァリ様が主導し、私が支える旅が始まるのだから。 「では忠言を。ケルン派聖職者があまりに多すぎます。このザビーネは確かに成功報酬を約束して人を集めましたが、ケルン派教会に対しては何もしておりません。ヴァリ様が手ずから助祭の旅費と幾何の報謝を約束したのみでありますから」 懸念を口に出す。 ケルン派はロバなどを連れており、そこに自分たちの食料も載せていた。 火薬と塩も数樽載せていた。 おそらくは酒保商人と取引を行いながら、旅費を補填するつもりである。 ヴァリ様に旅の費用を求めるつもりは全くなく、自弁しようというのだ。 「要するに、ケルン派30名側は何の利益もないというのに。私たちの旅に喜んで同行しております」 ケルン派は確かに頭がおかしい。 聖職者だからと何の利得もないのに、清貧や不遇を呑むこともするだろう。 だが自分のパンや金貨を他人に与えるとか、今回はそういうレベルではない。 聖職者30名の命がかかっているのだ。 「ケルン派独自の、何らかの目的をもって同行してるってこと?」 「はい。何か隠していますね」 だが、断ることもできなかった。 我々はケルン派信徒であり、むしろ聖職者達が何らかの目的をもって動くならば、なにかしら手助けせねばならぬ立場である。 たとえ目的を吐かせようとしても―― 「ですが、おそらくケルン派の末端は今回の意図など知らぬし、下手すればポリドロ領の助祭すら内容を理解しておりませぬ」 脅迫に怯えるようなケルン派ではないし、仮に成功したところで何かわかるとは思えないのだ。 「……私から聞くだけ聞いてみようか」 だが今回の旅団長であるヴァリ様ならば、目的を尋ねる権利ぐらいはあった。 答えが無くても、別に損はしない。 「それとなく、聞いていただければ」 とりあえず、対症療法としてはそれだけである。 しばらくは目的通りに動くだけだ。 「そうするわ。さて、無事にアンハルト選帝侯領も抜けたわ。ここからは我々の誰一人知らない土地だし、アナスタシア姉さまのように皇帝が手配してくれた道先案内人すらいない。大雑把な地図を眺めて、都市と都市で案内人を雇って行動。ついでに」 「めぼしい山賊団を皆殺しにします」 「ねえ、本当にやるの?」 ヴァリ様が嫌そうに呟いた。 別に、人を殺すのが嫌だとか、自分の兵隊が死ぬのは嫌だとか。 そういった現実を忌避しての事ではない。 初陣にて一皮剥けている我が主君が嫌がっているのは―― 「ファウストから散々聞いたでしょう? 山賊殺しても金にならないのよ」 金にならないからである。 本当に金にならないからである。 ヴァリ様はなんか、ものすごい金についてだけは、凄くこだわる人だった。 第二王女に与えられる歳費が変に少ないせいである。 「ヴァリ様の懸念は理解しております」 このザビーネとて、我が愛人たるファウストが軍役で山賊退治をさせられたことの愚痴。 仕方なくやってるけど、もう殺してもアイツら全然金持ってない。 そもそも金持ってたら盗賊は盗賊なんかやってない。 装備も低廉質で、服ごと剥いで売り払っても金にならぬ。 軍役でやってることであり、領主騎士が双務的保護契約を王家と結んでいるがための行動であるから、危地に陥っていた都市に金を要求することもできぬ。 そう散々に愚痴っていたことを知っている。 「これで、まあ誰か善男善女が救われるって話なら騎士として報われる気もするけれど。ファウストが若い時に山賊退治してた話を聞くとねえ……」 もう酷い時は、実は襲われていた村が山賊団とつるんでいて旅商人を襲っていたこともある。 じゃあなんで山賊団に襲われていたかというと、商人から奪った金銭の配分で争いになって殺し合いしてただけで、ファウストはその尻ぬぐいに呼ばれただけ。 よくある話だ。 山賊だけでなく村の住人ごと皆殺しにしてやりたいと思ったらしいが、ただ軍役で参陣してるだけのファウストにそのような権限は無かった。 そのような何一つ報われない軍役負担は全て自弁であり、王家からすら軍役期間の延長といった特別な事情がなければ費用の補填もしてくれない。 ウチの領民はその間、畑すら耕せないのにですよ、と。 そうファウストは大酒を飲みながら、主君たるヴァリエール様に絡んでいたのだ。 主君たるヴァリ様にそんな事を愚痴んなと思ったが、身になっているからまあよいか。 「一騎当千のファウストが心底嫌だと愚痴るのが、山賊退治よ。それを自分からやりたいとは思わないんだけど」 だって金になんないのよ。 ヴァリ様は優しい人だが、蜂蜜のように甘い人だが。 自分の部下が傷つくくらいなら、まあ他人が死んだ方がいいんじゃないの? お前が痛くても私の部下は痛くないわよ? そう言える程度には世の道理を理解している。 「ヴァリ様、要するに金になれば良いのでしょう?」 「そりゃそうよ」 ザビーネが行軍費用かっぱいできたけど、まあアンハルトの根っこがドケチな事には変わりないじゃないの。 というより、100人の第二王女親衛隊の費用だけならともかく、1000人の旅団を王都から帝都まで動かすならば、費用は単純に10倍必要となる。 ハッキリ言って不足なのよ。 ヴァリ様は妖精のように可愛らしい小さな唇でそう現実を紡いだ。 「でも通り道での掠奪は嫌だと」 「掠奪したら本当に見限るからね。ザビーネ」 「やりませんよ。酒保商人を通して交渉はしますが」 それとて、余り酷い真似はするなとヴァリ様に言われている。 このままでは帝都にこそ辿り着けるが、くうくうお腹を空かせながらに歩くことになる。 なれば、このザビーネがやれることは一つしかない。 「だから、山賊団を掠奪します。そうすれば誰一人不幸にならない」 「金にならないから嫌って言ってるでしょう? 何度言わせるのよ」 「なりますよ」 このザビーネには方法論がある。 そもそも、ヴァリ様は勘違いをしているのだ。 ヴァリエール・フォン・アンハルト第二王女殿下と、ファウスト・フォン・ポリドロ卿では身分も立場も違うのだ。 なんなれば、今擁している兵力でさえ桁違いだ。 だからこそ、できることがあるのだ。 私は口を愉悦に歪めた。