第155話 優しいヴァリ様の悲嘆 私は親衛隊で一番のアホタレの名前を呼んだ。 「ザビーネちょっと来なさい」 「はい、ヴァリ様」 ヴァリ様じゃねえんだよ。 私の名前はヴァリエールであってヴァリ様じゃねえんだよ。 いつからか、第二王女親衛隊の連中は私の名前を簡略して呼ぶようになっていた。 アンタたち、これが他の貴族相手なら侮辱扱いでぶん殴られてるからね? まあ、別にそれを咎めはしない。 悲しいかな、私の部下のチンパンジーどもは愛情をこめて私の名前を簡略している。 それは理解しよう。 咎めたいのは別な点だ。 私がアンハルト王都から帝都に行くにあたって、城壁外にて壮行式を行おうと――して、集まる人々を見て理解した。 なんか私の軍勢多くね? もう、なんか、明らかに10倍ぐらいに膨れ上がっていた。 「なんでこんなに人がいるの? 私の親衛隊と酒保商人だけで行くんじゃないの?」 「ヴァリ様が帝都に向かうというのです。なれば騎士、従者が増えても当然と言うもの。この旅路にて名を揚げたいという者もおりますれば、道行きを共にして商売がしたいという商人もおりましょう。何せ旅は危険なので、どこで賊に襲われるかもわかりません」 「うん、それはまあわかる」 特段、珍しい話ではないのだ。 旅芸人、交易商人、初陣の機会すらない騎士、そういった者達が行軍に加わるというのは別に珍しい話でもない。 当然、他国や敵方の諜報員ではないかとこちらも疑うのだが、旅というのは娯楽も無ければ物資を、護衛を十二分に備えることも難しい。 それを補填してくれて、かつ相手の身分が保証できるのならば両者にとって損はなく、同行することも珍しくない。 逆に都市商人たちの懇願に対して、領主から命を受けた騎士や傭兵といった軍人たちが護衛をして都市間を移動することすらあるのだ。 だから、同行者がいることは珍しくないし、私とて数名ならば受け入れる心構えをしていた。 「ザビーネ、誤魔化すのはやめなさい。私たち第二王女親衛隊に同行する人数をちゃんと言いなさい」 「さすがにヴァリ様は騙せませんね。およそ900名。内訳は商人が300、傭兵が500、志願した騎士家の騎士もどき三女四女が100であります」 「お前ふざけんなよ」 騙すも何も、どんなアホだって一目見りゃ私の軍勢多くね?10倍くらいになってね?って気づくわバカ。 定数100名にてアンハルト王都からグステン帝都に移動するはずが、なんで同行者900を加えた10倍の1000人に増えてんのよ。 これは明らかにおかしい。 何かの力が働いているとしか思えないし、もう誰がやったかは理解している。 「ザビーネ、何をしたの?」 「ヴァリ様の慈悲深い御心が皆に伝わり、誰もが旅に参加しお助けしたい。そう思うようになったのです。全てヴァリ様の御心に適うことになったと思っております」 「しばくぞ」 鞭か何かで叩いてやりたかったが、それをしてもザビーネは何らかの性的倒錯に陥り喜ぶだけである。 だから、それはしない。 代わりに説明を求めた。 「いや、本当に何。マジで何。何で皆こんなに集まったの?」 「まあ、真面目な話、確かに私は色々とやりました。多少予想を超えましたが」 確かに商人が集まることも、法衣貴族家からいらない子が集まることも、傭兵が集まることも予想しておりましたが。 ちょっと多かったですね、とザビーネは呟いた。 「私たちどっかの街に掠奪したり燃やしたりに行くんじゃないのよ? 私、こんな人数を捌く自信なんて欠片もないわよ?」 何が悲しくて、そこら辺の小さな町よりも多い人数引き連れて旅をせねばならないのか。 それをザビーネに問い掛ける。 初陣だと私と親衛隊15名だけで、ファウストの領民なんか指揮権すら預けてもらえなかったのに。 どう考えても私なんかが指揮してよい人数じゃなかった。 「大丈夫です。そもそも1人の指揮官が1000の兵を指揮できるわけありませんよ。ポリドロ卿の領民を幕下に加えた時と同じで、ヴァリ様は同行者に直接の命令権を持ちません。同時に、同行者たちが何の失敗をしようがヴァリ様は何の責任も問われません」 「本当に?」 「本当に」 私は少し、安心しようとして――いや、待てと自分を止める。 何の責任もないという甘い言葉に騙されてはいけない。 確かにそれは事実かもしれないが、ザビーネの事だから何か甘い嘘をついているのだ。 私は尋ねる。 「要するに、彼女たち同行者が死んだところで、このヴァリエールは何の責任もとらないという約束で騙して連れてきた?」 「ヴァリ様は面白いことを仰る。――まあ、実際その通りなのですが」 「お前マジでふざけんなよ」 冗談ではない。 なるほど、確かに同行者たちは、彼女たちなりの事情があって私に付いてくる。 それは私の知った事ではないと切って捨てればよいのかもしれないが、私はそんな貴族としてふさわしい性格をしていない。 ザビーネを問い詰めようとして―― 「ヴァリ様。傭兵団の団長やら、イングリット商会以外の商会長やらがヴァリ様への謁見を求めておりますが――」 私の親衛隊の面子が、注進してくる。 そういう状況じゃないのを思い知る。 とにかくも、同行者たちも面子があるだろうから、それを慮るために了解しようとして。 「舐めるな。全部断れ。私は誰も彼もに事前に言っておいたはずだ。何らかの成果を見せない者にヴァリ様はお会いにはなられないと。この旅路にて何か成し遂げてから申し出ろと」 「……承知した」 ザビーネが拒否して、冷たく跳ね除けた。 親衛隊員はまあ判ってた、と理解の笑みを浮かべて部屋から出ていく。 私は叫んだ。 「ザビーネ!」 「ヴァリ様。これは必要な事なんです。不要ならば、このザビーネはヴァリ様が嫌がることなどいたしません」 必要も糞も、私はそんなこと望んでない。 「私は王都から帝都に移動するだけで――」 「いや、どう考えてもそうはなりませんって」 ザビーネは否定する。 コイツ、結局何が言いたいんだ。 冷静になろうと試みて、息を吐いて、促す。 「話して」 「さすがにこのザビーネとて全ては理解できませんが、ヴァリ様と、この私ザビーネの婚約者たるポリドロ卿が面倒くさい状況に陥っていることは容易に想像できます」 「私少し流されつつあるけど、別にザビーネの事を愛人として許したわけじゃないわよ? なんでどいつもこいつも、私の婚約者の貞操を先んじて要求するの? 頭がおかしい人たちしかいないの?」 一応口を挟むが、まあザビーネは当然のように聞いていない。 「何故このザビーネを帝都にわざわざ呼ぶのでしょうか? ヴァリ様も多少はご存じでしょうが、私は実家のヴェスパーマン家に居た際に、諜報員はもちろん刺客としての教育も受けております」 「知ってはいるけど。だからと言って――別にそういった用件とは」 「限っております。私の実家たるヴェスパーマン家では頼りない。ならばザビーネを使おう。だが、あやつ単体では帝都にすら来ないから――仕方ない。上司であるヴァリエールも呼ぼうじゃないか。そういう話となります」 ……ザビーネの忠言を噛み砕く。 なるほど、確かにそういう話なのだろう。 帝都に今必要とされているのは私ことヴァリエールなどではなくザビーネであり。 そうして、ザビーネに何らかの命令を姉さまが与えるのは理解している。 「はっきり言います。無事帝都に辿り着けばヴァリ様の命は保証されますが、旅路にては一切保証されません。このザビーネ諸共殺害される恐れがあります」 「どういう意味?」 「確実に妨害工作を受けます。このザビーネが帝都に出向くにあたって、帝都にてアナスタシア殿下と敵対した者から、何らかの妨害を受けると思われます」 ……気にしすぎじゃない? そう思ったが、はて、困った。 ザビーネの言を覆す根拠がないし、そもそもアナスタシア姉さまの配下にはヴェスパーマン家の当主たるマリーナがいた。 なんで実家から追い出されたザビーネをわざわざ呼ぶんだよと考えると、否定しきれない。 「ヴァリ様。お願いです。このザビーネが間違えていたというならば、幾らでも後で謝りましょう。頼みますから、軍勢1000にて帝都に赴いてください。理由もなしに、このような事をしたわけではないのですから」 困る。 自分の短躰に相応の小ぶりな手を額にやり、目を閉じ、しばし悩む。 駄目だ、どう考えても何か帝都で騒動が起きていて、もうザビーネすら投入せざるを得ない事態に陥っていると思えた。 ならば、姉さまへの敵対者からの妨害工作も必然と思えた。 「……わかったわよ。そもそも今さらなんでしょう?」 「今さらであります。集まった皆は誰も彼もが事情があってここにおり、今さら引く気などヴァリ様が直接告げても有り得ません」 むしろ、いよいよ燃え盛るでしょう。 命すら約束されない旅路を自ら了承してここに来た彼女たちが、ヴァリ様の忠言をもって、さあ最後の選択肢だ。 「承知の上だ!」という覚悟を持ってここに来たと、誰もが喜んでしまうでしょう。 ザビーネがそう呟いた。 ならば、どうしようもなかった。 「理解したわ。せめて、このヴァリエールが出来る限りのことを皆にしましょう。ザビーネが言いたいことは理解したけれど、ここから先は私がやりたいようにするわ」 「承知しております。このザビーネはヴァリ様の忠実な騎士でありますから」 忠実な騎士は、いつのまにか主君の軍勢を10倍にしてたりしねえ。 そう言おうとして、止めた。 「とりあえず、どんな人間集めたのよ。そこから始めましょう」 現状を整理するのだ。 ともかくも、集まった人たちが困らぬように、何らかの手筈を試みねばならない。 誰にでも優しくありたいと、心の底から思っているのだ。 私は説明を求める。 「は、説明いたします。まずは商人300名。酒保商人たるイングリット商会長が召集をかけました小さな商会もありますが、殆どは貧しい馬借であります。皆が今回の交易に全財産をぶちまけて、なんなら自分の命すら担保にして今回の王都ー帝都間の商売に全てを賭けております。あの二匹のロバを撫でながら、勝つんだ!勝つんだ!と自分を必死に励まして、ヴァリ様に頭を垂れている貧しい馬借が見えますでしょうか」 「次!」 もうあんまり商人の悲嘆劇は聞きたくないので次にした。 私にはどうにもしてやれない。 さすがに死んだら命は補填できないからだ。 「はい、次に移ります。次は傭兵団500名。事前に面接したところによりますと、傭兵団長は様々な経歴でありますが、とどのつまりは元青い血。貴族の三女四女で先の見えない未来に嫌気がさして実家を飛び出し、最終的に山賊なのか傭兵なのか、なんだかよくわからない傭兵団を率いていたのが彼女たちの現在。もちろん、彼女たちが率いるのも実家を飛び出した貧しい元農民が殆どであります。村が山賊に焼かれてしまった、実家でいらない人間として疎外された、村から追放された。そのように悲しい経歴が殆どであります。今回の旅には誰もが命を賭けており、傭兵団長が世襲とは言えずとも憧れた騎士に成り爵位をもらえる機会に、そして傭兵たちはアンハルト王都直属の兵士として市民権と収入、定住が約束されることに目を輝かせております。見ての通り、ヴァリ様を眩しい目で一心に見つめております。一回こっきりの雇用金が目当てではなく、もう誰もが命懸けで今回に賭けております。今回で駄目なら私の人生など嘘だったと思っている人間すらいるでしょう」 「次!」 もうあんまり傭兵団の悲嘆劇は聞きたくないので次にした。 どうにかしてやりたいけど、どうせいというのか。 いや、もう旅路でなんらかの戦功をあげたら、どうにかしてあげられるかもしれないけど。 何も理由なしに、一代騎士とはいえ爵位なんかあげられない。 人を救うにも理由が必要であった。 まあ、なんか成果をあげたらなんとかしてやれるぐらいの背景をザビーネが用意してそうだが。 だから、次だ。 「はい、次に移ります。100名ほどの法衣貴族家の三女四女です。まあ、ぶっちゃけ先ほどの傭兵団の末路に至る前の、ちょっと若いから、まだ完全になり切れていない荒くれが殆どでありますね。色々実家の紐付きはややこしいので、各々の実家には『今回の旅で死んでも文句言わない』を条件に声をかけております。誰もが札付きの悪で、強盗騎士紛いのゆすり集りを聖職者や市民に働いており、なんなら死んだら実家は喜ぶでしょう。ですが、あの目を見てください。騎士家に産まれた者が、生半可でも騎士教育を受けた者が、騎士に憧れぬわけがない。今回の旅にて成功すれば、一代騎士の爵位と食べていける程度の役職を用意されるのです。以後の活躍にあたっては、それ以上が望めるかもしれない!これで奮い立たぬわけがない!ヴァリ様のためならば死ねる!我々と同じ、長女であらぬがゆえに不遇を受けているヴァリ様の為ならば死ねるんだ!そのような気持ちでヴァリ様を崇め、誰もが膝を折って忠誠を掲げておりまする」 「次!」 もうあんまり、法衣貴族のスペアの悲嘆劇は聞きたくないので次にした。 ちょっと、初陣にて私を庇って死んでしまったハンナの事を思い出してセンチメンタルな気分になる。 彼女の思い出は、私が死ぬまでずっと胸に残っているのだ。 なんでザビーネが死んでハンナが生き残らなかったんだろう。 そしたら、もうちょっとマシな未来が私にもあったんじゃないのか。 ハンナだって有能だったんだから、ザビーネより私の心臓に優しく動いてくれただろう。 そう思えてならない。 だから、次だ。 もっと、なんか胃に優しい存在がいるだろう。 私はそう呟いて。 「聞く必要あるんですか?」 ザビーネが急に真顔になって私に語り掛け、私も黙った。 なんかいる。 なんかいた。 30名ほどの集団であった。 「あれ何?」 「ケルン派です」 マスケット銃を天に向けて、空砲を幾重もぶっ放している集団がいた。 命懸けの旅立ちにあたって調子がおかしくなり、気が触れているのだ。 なるほど、ケルン派であった。 修道女服に身を包み、腰にメイスやピストルをぶら下げ、マスケット銃を手に持つ集団である。 山賊団すら出くわした瞬間に逃げの手を打つ存在である。 誰もが闘争心に満ちているのが分かり、死すら恐れないと一目で理解できた。 命懸けの商人よりも、百戦錬磨の傭兵団よりも、盗賊騎士紛いの貴族子女よりも。 誰よりも、ちょっと、なんか近寄りたくなかった。 明らかに気が触れているのだ。 ケルン派の聖職者集団であり、活きのよい若いのが集っていた。 誰もが命懸けの集団の中ですら、ちょっと浮いた存在であった。 「誰がアイツら呼んだの?」 私は質問した。 「いや、ポリドロ領の助祭以外は呼んでないんですけど」 ザビーネは答えた。 本当に知らないという答えではあったが、だからといって私から「お前ら帰れ」とはケルン派に言いたくなかった。 私は静かに膝を屈して、地面に突っ伏した。 誰一人として救えるものがいない。 悲しい事実を、私は噛み締めた。 そんな私をザビーネが見つめている。 きっと、ザビーネはかわいそうな私を見て、何か異常な快楽に達しているのだろう。 それだけが容易に理解できた。