第131話 全身全霊の暴力 私は、モーニングスターを上段に構えた。 右手で鈍器を握りしめ、左手に『勘当者』と刻印された盾を構える。 さて、どうするか。 実のところ、私は攻めあぐねていた。 鈍器は普遍的な武器であり、刃を通さぬ甲冑相手なれば、単純な破壊力こそが戦場では求められる。 甲冑や分厚い鎧下の防御を抜いて、敵にダメージを与えて骨を砕き、肉を潰す方法。 この手で握りしめたそれは、その答えを求めるにあたっての単純明快な回答であり、そして原始的にして強力な武器であった。 剣よりも使い手は多いのかもしれない。 脱穀に使われる農機具をそのまま転用しただけの、山賊団が使うフレイルやピッチフォーク。 兵士や従騎士が振り回すような、軍用の剣や槍。 騎兵が使うロングスピアー、片手で扱える長さの戦棍。 私は強盗騎士時代に様々な形の武器を目にしてきたし、それを打ち破ってきた。 なれど。 「さて、どうするか」 ファウスト・フォン・ポリドロの大剣はあまりにも巨大であった。 そのうえ、それを扱う体躯があまりにも立派なのだ。 私が手にする鈍器とて長いほうだが、全長1.3mも無いだろう。 ポリドロ卿の立派な体躯と腕の長さ、大砲すら打ち返す馬鹿力で片手にて振り回すグレートソード、全長2m以上の大剣という凶悪な暴力に立ち向かえるものではない。 間合いにおいて、絶望的な格差があるのだ。 神聖グステン帝国において、果ては私が生まれた西方国家の騎士家でも、広く伝えられている武術の基礎がある。 最善の行動をするための「判断」。 自分と敵との距離、互いが攻撃するための「間合い」。 何か行動をするための「時間」。 自分が相手を攻撃することができるか、そして相手の攻撃から自分を守れるかの「位置」。 この4要素で、全ての戦闘は構成されていると。 そして、ありとあらゆる武器は、それを色々な意味で見事扱えるという前提を満たす限り、敵より長い武器が強いのだ。 私を攻撃するために、敵が一歩踏み出すまでの「間合い」を作りだす間に。 ポリドロ卿のグレートソードは、私の身体まで届いてしまうことだろう。 結論から言うとだ。 「――」 私が先手を打つのは無謀と考えた。 この『狂える猪の騎士団』でも強力な超人の身なれば、相手の懐に飛び込むことさえできれば、致命的な一撃を。 殺しはしないまでも、あのフリューテッドアーマーに保護された身長2mを超える肉体に、行動不可能といえる一撃を与えることができるであろう。 なれど、もうこの間合いだけはどうにもならぬ。 懐に飛び込める自信は湧いてこない。 全ては大砲だ。 テメレール様のファルコン砲による砲撃を打ち返した、あの一撃を目にしてしまった。 総身全身全霊に至れば、この眼前の大男はそれを成し遂げてしまえるのだ。 確かにポリドロ卿の馬鹿力は恐怖だ。 だが、それだけではないのだ。 大砲を打ち返すにあたって総身全身全霊に至ることができる、狂気的な技量が無ければ成し遂げられるものではない。 ハッキリ言ってしまえば、この『勘当者』にはポリドロ卿に勝てる自信などありはしない。 騎士としての技術全てに劣っていると言えるのだ。 そもそもからして、あのレッケンベルに勝利したという騎士に立ち向かえると思うほど傲慢ではないのだ。 だけど。 ポリドロ卿という恐怖に立ち向かう、勇気だけはあった。 死ぬことなんぞ怖くない。 この試合は殺し合いだけは無しとしているが、正直自分はうっかり死んでしまっても構わない。 いつでも、そう思って生きてきた。 そう思って、テメレール領まで強盗騎士として流れてきたのだ。 そうして、あの性格悪くてクズで人にロクに頭も下げられない女に仕えているのだ。 国にも教会にも家にも唾を吐いて、「勘当者」となった一人の愚かな強盗騎士を拾ってくれた女のためならば、本気で死んでも良いと思っているのだ。 「だから」 ふう、と息を吐く。 せめて、あのクズで人にロクに頭を下げられない哀れな女が、頭を下げないで済むようにしてやろうではないか。 勝てないことと、勝負しないことは全く別な話である。 せめてポリドロ卿の身体に一撃を加えて、次に繋ぐという考えが私にあった。 これは『狂える猪の騎士団』の6人、そしてテメレール様の計7人で勝てばよい勝負である。 私は、大きく息を吸い込んだ。 「参るぞ」 私は始まりを口走った。 同時に、すさまじい気合に満ちた裂帛の声を出した。 続いて、突進を行う。 もちろん、こちらは後手に回るつもりだ。 だが、ポリドロ卿はまだ若い。 武人としての技量は私などより遥かに高いところにあるのだろう。 だが、それにより戦場では敵など、一方的に虐殺するだけの塵芥だったのではないか。 真実本気で、死に物狂いで戦ったことなど少ないだろう。 「――ッ!」 だから、このような殺意のフェイントに引っかかる。 強盗騎士として、生死を分かつギリギリの決闘を繰り広げてきた私と、ポリドロ卿。 そこには圧倒的な戦場経験の差があるのだ。 ポリドロ卿は、斜め下に構えたグレートソードを大きく上に振り上げた。 私は岩も割れよというほどの強烈な踏み込みを爪先で行い、全身を止めた。 轟音が鳴る。 空気を切り裂くどころか、剣圧で引きずり込まれそうな刃が眼前を通り過ぎる。 最高のタイミングであった。 判断は最善であった。 間合いは埋めた。 ポリドロ卿が剣を戻すには時間がかかる。 位置取りも問題ない。 戦闘における4要素を私は確保している。 後は、この『明けの明星』をポリドロ卿の身体に叩き込むのみ。 リズムを、合わせて。 「ポリドロ卿、もらったぞ!!」 私は手首のひねりだけで鈍器の頭部に遠心力を与え、それを眼前のポリドロ卿の身体に埋め込んだ。 凄まじい打撃音が、ポリドロ卿の脇下から鳴った。 なれど、微動だにせず。 ポリドロ卿の巨大な体躯は身じろぎすらしない。 「はっ」 効いているはずだ。 さすがに、肉潰れ骨の数本は折れたであろう。 そうであって欲しい。 そうあって欲しいが、手ごたえで分かるのだ。 「骨の一本も折れたか!?」 私は与えたダメージに対して誇らしげに声を上げたのではなく、確認のために口を開いたのだ。 鋼鉄の塊か何かを殴ったのではないか? そのような手ごたえしか残っていない。 一瞬、呆然とする。 だが、一瞬であり、すぐにニ撃目を加えようとして。 何か、天井に異様な音が走った。 がつん、と何かの金属が岩を断ち切ったような轟音であった。 何の音だ? 「雄々!」 そこには、ポリドロ卿が渾身の力を込めたグレートソードがあった。 ポリドロ卿は、先ほど右手で振り上げた剣にて岩づくりの天井を叩き斬っていた。 狂っている。 いや、そのような事を考えている暇はない。 「雄々っ!!」 どのように狂っている現状だろうと、剣がそこに在るのは現実なのだ。 ぞっ、とする私をよそに、ポリドロ卿は振り上げた剣を両手で握りしめた。 落ちてくる。 砲弾さえ打ち返す、ポリドロ卿全身全霊の一撃が落ちてくる。 判断する余裕はない。 間合いからは逃げられない。 回避する時間はない。 位置取りは最悪である。 戦闘における4要素において、私はもはや何もできない。 死。 その言葉が頭によぎる。 ポリドロ卿が、笑いながら叫んだ。 「死ぬなよ、勘当者!!」 何が死ぬなよだ、お前明らかに殺す気じゃないか! 最初の天井を切り裂く一撃からして、最初から殺す気まんまんじゃないか!! この頭おかしい男騎士、殺すのだけは無しにしようって大前提の約束すら忘れてやがる!! 罵倒と悲鳴が口に出そうになったが、その暇すらない。 私はその言葉に跳ね起きたように動いて、鈍器すら投げ捨て、楯を両手で支えた。 死んでもよいと思っている。 いつ死んでもよいと思っているんだ。 なれど、このような剛力無双にして無茶苦茶な人間に塵芥のように殺されたくはない。 死に方くらいは選ばせてくれ!! その時は、そう思ってしまった。 祈りすら浮かべる。 だが、私が心の支えにしているのは神様などではなく。 たった一人の領主騎士なのだ。 「テメレール様!」 私は仕える主人の名を絶叫し、武の超人としての全力を総身に込めた。 月が落ちてきた。 そのようにすら思えた。 自分が両手で支える楯に、人生全てで味わったことのない重力が圧し掛かっていた。 潰れてしまう。 腕はとれそうになっている。 足など、ぶちぶちとなにか筋のようなものが千切れた音がしている。 ぎいい、と奇妙な音がした。 金属が、金属を斬り落とす。 いや、無理やりに狂った力で引きちぎるような音であった。 鋼鉄の盾が、割れそうになっているのだ。 「テメレール様!!」 表面には『勘当者』と記され、裏面には魔術刻印が丹念に記述された魔法の盾が壊れそうになっている。 そうか、今わかった。 わざと私の一撃を受けたのだ。 フェイントに引っかかったのではない。 全身全霊の暴力を振るう溜めの時間を作るために、この男はあえて一撃を受けたのだ。 何もかも、ポリドロ卿が上手であったのだ。 もう。 もう、持たない。 私の身体も、私の盾も。 私は愛する愚かな主人の名前を三度叫ぼうとして、その前に楯が壊れた。 ぎいぃ、という奇妙な悲鳴のような音を立てて、『勘当者』の刻印が真っ二つに断たれた。 私の頭上に、そのまま全身全霊の暴力が落ちてきた。 「――っ!!」 声にならない悲鳴とともに。 私はグレートソードに押し潰された。 轟音とともに、自分の身体が地面に押し付けられた。 口から臓物の全てを吐き出しそうになりながら、屍のように転がる。 痛みはない。 身体が耐えかねて、強烈な痛みを遮断したのだ。 自分の身を保護してくれた甲冑はやや歪んだように感じられ、兜などは奇妙な形にひしゃげて地面を転がっていった。 私の身体は、もう何もできない。 ぴくりとも動けない。 先ほどまでの異常でしかない戦場音楽。 岩づくりの天井を叩き切る轟音。 金属が金属を断ち切ってしまった音。 人体が地面に磔にされる音。 それら全てが空間からは忘れ去られ、奇妙な沈黙が落ちた。 「生きてる?」 ポリドロ卿の声が、沈黙を切り裂いた。 少し不安そうな声であった。 この男殺してやりたいと思ったが、じゃあ本当に逆らおうかという気は欠片も起きなかった。 「今調べます」 立会人の二人、アレクサンドラという女と、ユエという女が近づいてくる。 「なんで殺したんです」「いや、明らかに死にましたよ。この人」などと言う声が聞こえた。 「生ぎてるよ」 私は辛うじて声を上げた。 言葉には、濁音が混じっていた。 呼吸さえ苦しいのだ。 「さすが武の超人である。私の全身全霊の一撃を受けて死なないとは、見事なものだ」 しれっと呟く声が聞こえた。 やっぱりこの男、殺し合いはしないって約束忘れてないか? 「ポリドロ卿、命まではお互いとらないって約束ではなかったかと」 「いや、全力でやっても多分死なないだろって考えて……。そもそも全身全霊で戦いたいからこそ、私は今回の一騎打ちをやっているわけであって、殺す気はないが手抜きはしない」 ユエが、眉を顰めて呟いた。 ポリドロ卿はものすごく適当な言い訳をしていた。 実際死ななかったが、もうそれは結果がそうだっただけである。 文句を言おうと思ったが、それより気になることがあった。 「ポリドロ卿、一つ尋ねたい。私の一撃は効かなかったのか?」 「いや、確かにあの一撃は効いている。肋骨にヒビが少し入ったかもしれない」 真面目くさった声で、ポリドロ卿が答えた。 骨の一本すら折れていなかった。 どういう身体をしているのだろうか。 「多分、治るのに少しかかるんじゃないかと思う。見事な一撃だった」 超人は確かに怪我の治りも早い。 なれど、ポリドロ卿のいう少しが1週間か1日か、その軽い声の調子ではよくわからなかった。 嗚呼、なるほど。 この男騎士は、確かにあの悪魔みたいなレッケンベル卿に勝ったんだ。 私はようやく、骨の髄まで理解した。 だから、自分がどうしても頼みたいことを告げる。 「ポリドロ卿、一つお願いしたいことがある」 「何か?」 もはや口を開くことすら億劫になっているが、これだけはきちんとしないとな。 「テメレール様は全身全霊で殴っても死なないと思うが、殺すのだけはやめてくれ」 「わかった。五・六回全身全霊でぶん殴るだけでわかってもらえると良いのだが」 私みたくぶちのめされたら、ほんの少し素直になれるかもしれない。 レッケンベルが死んでからは、一層性格をこじらせてしまった主のこと。 それだけを考えて、私は目を閉じた。