第127話 キャノンボール! 思い立ったが吉日である。 二人の選帝侯を説き伏せ、私はテメレール公が立て籠もる堡塁へと足を向けた。 傍には、アレクサンドラ殿とユエ殿が付いてきてくれている。 流石に、単身では出向かせるわけにいかぬとの仰せだ。 「ポリドロ卿、兜は本当に必要ないのですか?」 「必要があれば、被るとしましょう」 ヴィレンドルフの強力な客将たるユエ殿。 それに兜持ちをさせるなど、少し心苦しいのであるが。 「顔を見せぬままに、テメレール公と会話するのもなんですから」 私の目的とは何か。 酷くシンプルに言ってしまえば、あの28歳のメスババアたるテメレール公に「わからせる」ことだ。 今までの内容を鑑みるに、私が考える限りの話ではあるのだが。 自分で「死んだ! レッケンベルは死んだ!」などと何度も口走っている癖に、心のどこかできっと信じていないのだ。 レッケンベル卿が死んだとは、どうしても信じ切れていない。 私はそういう者たちをヴィレンドルフにおける一騎打ちで知っていた。 99人の勇敢なるヴィレンドルフの騎士たちが、何度も何度も口にした言葉だ。 レッケンベル様は確かに死んでしまったのだ。 そのたった唯一の事を、実のところ理解したくないのだ。 テメレール公は、奇妙な人物だ。 罵ってしまえば、酷く肥大した自意識過剰のそれ。 アナスタシア殿下やカタリナ女王を下に跪かせるべき存在だと自分を認識しているもの。 男に負けたなどあり得ぬと、見識違いの性差別。 正直、その辺りはもうどうでもよい。 私は、領主騎士としてやらねばならぬことを、今からやるのだ。 「目的を整理したく。テメレール公は何も認めない。マキシーン一世皇帝陛下を認めない。アンハルト選帝侯を認めない。ヴィレンドルフ選帝侯を認めない。このファウストが、レッケンベル卿を打ち破った事を認めない」 「血迷うておられるのです」 アレクサンドラ殿が、横合いから口を挟んだ。 先日、堡塁まで再度話し合いに訪れたが「勝つまで止めねえぞ!」と言われたと愚痴っている。 私は、先ほど挙げた認めなかった事の羅列。 その最後だけは、そうとも言い切れないと呟く。 「レッケンベル卿のことだけは、テメレール公はそこまで間違えていない」 テメレール公だけではなく、帝都の誰もが私がレッケンベルに勝てたとは思っていない。 それはこの世界における普通の男への考え方もあろう。 テメレール公の男嫌いもあろう。 なれど、それだけではないのだ。 確かに、レッケンベル卿に勝ったとは、私ですら疑わしい。 私は彼女を倒したという誇りを持たねばなるまいが、やはり二度目も勝てるか? あと一年若ければ勝てなかったのではないか? 技量は負けていた。 速度が負けていた。 判断力も負けていた。 彼女の槍が早かった、彼女の槍が重かった、私の剣など届かなかった。 そのような事を今でも考えるのだ。 テメレール公は、確かにどうしようもなく無茶苦茶な行動をしているし、別に弁護の余地はない。 アレクサンドラ殿が言うように、何か血迷った狂人の行動である。 なれど、一つだけ正しい事を言っている。 ファウスト・フォン・ポリドロ卿が、レッケンベル卿に勝てるわけがないのだ。 私は今でも自分が勝利できた理由について、たまに理解できなくなる。 「アレクサンドラ殿、ユエ殿。私はテメレール公を今から殴りに行く。私への侮辱に対して、私は報復しなければならない。そういう理屈で殴りに行くのです。同時に、一つ確認したいことがあります」 「それは?」 「私の超人としての力量が、どれほどかの確認です」 アレクサンドラ殿、ユエ殿が一度互いに顔を見合わせて、その後にこちらを見る。 「テメレール公を試金石にされようと? 手合わせ程度であれば、私と何度もやっているではありませんか」 アレクサンドラ殿が不思議そうに尋ねる。 正直に言えば。 「アレクサンドラ殿。貴女の技量は確かでありますが、私は本気を出しておりません。そもそも、私が本気を出したのは、本当に真実本気であれたのは、レッケンベル卿との一騎打ちだけでありましょう」 死狂いである。 ずっと、色々ややこしい事を考えてきた。 その結論として、やはり私はレッケンベル卿より弱かったのだ。 あの時点で技量の何もかも、私はレッケンベル卿に劣っていた。 それでも勝てたのは、死に物狂いであったからだ。 技量において劣る私が、真実本気で生にしがみ付き、死狂いの境地に至ったから勝利できたのだ。 「テメレール公が、それほどの実力者でしょうか。私は神聖グステン帝国の人間ではありません。ゆえに、レッケンベル卿の強さは判りません。なれど――」 「ユエ殿。多くの者が見誤っておりますが、私はテメレール公が弱いとは思わないのです。頭が悪いからと、感覚がおかしいからと、それで誤魔化されてしまっている。何もかもが、アスターテ公爵の見解が正しいと思うのです。彼女は強力な超人であり、英傑なのです」 レッケンベル卿に五回負けた。 それでもテメレール公は挑んでいたし、次は勝てるとさえ思っていたと聞く。 誰がどう考えても頭がおかしい。 だが。 私とて、正気とは言えないだろう。 私は感情が昂ってしまうと、自分でも何をしているのかよくわかっていない時があるのだ。 多分、あまり頭がよろしくないのだろうな。 自分でも、そう思う。 案外、テメレール公と私は似た者同士なのかもしれぬ。 何処か欠けているのだ。 そして、私は欠けた代わりに得た、この超人としての腕力によって生きていく領主騎士である。 「私はテメレール公に期待をしているのです。彼女の超人騎士団に期待しているのです。私は彼女達七人に挑むつもりでいるのです」 「ポリドロ卿、それは」 「彼女達七人の騎士に、超人騎士達に連戦での一騎打ちを挑むつもりでいるのです」 以前から考えていたことである。 自分の力が何処まで届くか、一度試してみる必要があった。 それは訓練ではなく、戦場でもないが、死地に近くはある状況。 どこまでも死に近い代償や誇りを賭けとした、名誉ある一騎打ちによる死闘こそが必要であるのだ。 「お二人には、立会人になって頂きたい。私が相手を殺してしまおうとしたら止めて頂きたい。相手が私を殺してしまおうとしたなら止めて頂きたい。超人にしかできぬ仕事です」 私は二人に頼み込む。 「反対です!」 「なるほど、是非おやりなさい」 二人の反応は、両極端であった。 アレクサンドラ殿が、ユエ殿を睨みつける。 「ユエ殿! 貴女、ポリドロ卿とて超人七人相手では!!」 「勝てるか勝てないかが問題ではありません。良いではないですか。ポリドロ卿が己の信条に則って、己のあり方を示そうというのです。理不尽を武力にて踏み潰そうというのです。ポリドロ卿は男なれど、誠に以て武人として最も尊いものが何かを理解しておられる。貴女はポリドロ卿を侮辱なされるおつもりか?」 「東方人の考え方を、騎士に押し付けるでないわ!!」 二人の言い争い。 おそらく答えは出ないだろう。 だが、これはアナスタシア殿下、カタリナ女王の両方から渋々ながらも了承を得ている。 一応お願いこそしたが、すでに決定事項だ。 さて、二人が争っている間にも、堡塁に到着した。 ランツクネヒトは遠巻きに窺っている。 帝都兵は、困った顔で通行を許可した。 「そこで止まれ!!」 その声は、夜会にて知っている。 石造りの堡塁の上に立ち、横には大砲がある。 いつもの伊達眼鏡で、少し年増であり険のたった美人。 それが厳しい口調で、私たち3名に静止を求めた。 「それ以上近づけば、お前らをこのファルコン砲にて撃つ!」 車輪付き、移動可能であり砲身の長い砲。 なるほど、堡塁であれば大砲も備えているだろうな。 「テメレール公に嘆願がある! どうか対話を願いたい!!」 「不許可である! これはランツクネヒトとの私戦である! 選帝侯の使者はお引き取り願いたいものだ」 予想された返事。 言葉通り、選帝侯まで表向きに敵に回すと負ける。 そのようにテメレール公は判断している。 ゆえに、カタリナ女王陛下が強引に「そのようにした」話に乗っかっているのだ。 私にはもはや関係ない事だ。 「くだらぬ問答はもはやいらぬ!」 この領主騎士に。 ファウスト・フォン・ポリドロには何の関係もないことだ! 知った事ではない!! 「テメレール公にとって利益のある話をしよう。貴女が私に勝利するならば、全てを与えよう。そんな話だ。聞くに悪い話ではないと思うが」 一歩、歩みを進める。 「そこから動くな!」 「動かなければ、対話は叶わぬ」 「火を付けよ!」 砲兵が動く。 すでに大砲に火薬と弾は込められているだろう。 砲兵が持つ点火棒には火が付いており、大砲の尻に火が付けば、すぐにでも砲弾が発射される。 「対話を望めぬか!?」 「レッケンベルを殺したなどと?を吐き、偽物の名誉を掲げていい気になっている腐れ乞食の小僧風情が調子にのるな! 私がどれほどの怒りを抱きながら、どれほどの屈辱で、あの夜会で貴様を褒め称えたか理解にすら及ばぬか!!」 テメレール公は激昂している。 それを本気で信じているならば、怒りも当然である。 「ユエ殿、アレクサンドラ殿、離れていてください」 「承知!」 ユエ殿が、アレクサンドラ殿の手を引っ張る。 アレクサンドラ殿は困った表情を一瞬だけして、やがて諦めて離れた。 「死ね小僧! その五体バラバラにして地に撒いてやるわ!!」 「撃ってこい!」 私はグレートソードを抜刀した。 剣帯は背中でたすき掛け、斜めに差している。 体格で雑嚢を抑えるような感じで、強引に安定させているのだ ぶらつかないようにベルトで鞘を固定しているが、鞘にはスリットが入っていて。 私の馬鹿力だと何もかもをぶちぎって、緊急時は背中の鞘から無理やり刀身を引き出す事が可能であった。 ベルトを、ぶつりぶつりと引き千切る。 「我が怪力、地を砕き天を切り裂くと母マリアンヌに褒め称えられたものだ。我が愛する母に認められたものだ。それが、たかが砲弾風情を」 テメレール公がファルコン砲と呼ぶ、野戦砲。 それが、私めがけて発射された。 「どうして撃ち破れぬものか!!」 砲弾が飛んでくる。 テメレール公の砲兵は優秀で、まっすぐに私を目掛けて一撃を放つ。 宜しい。 非常に宜しい。 これで、私にすら届かぬとあれば、とんだ興ざめだ。 歯を食いしばった。 グレートソードを腰に回す。 いつもの片手ではなく、両手である。 両足は力強く、地に張り付いている。 我が総身の力を、先祖代々伝わる魔法のグレートソードに伝えるのだ。 このグレートソード、よくわからぬ。 ヴィレンドルフの騎士を先祖が殺して奪ったものである。 領主騎士といっても、教養の無い私には何の力が込められているのかわからぬのだ。 ただ、壊れない。 何があろうとも、何を殴ろうとも、地を砕こうとも、空を切り裂こうとも、何があろうと壊れない。 それだけの信頼があるのだ。 ならば、このファウスト・フォン・ポリドロにとってこれ以上の剣などは、この世の何処にも存在しない。 血肉を沸騰させるために、祝詞のような言葉を呟く。 「おれはひとりの修羅なのだ」 宮沢賢治の一句であった。 そぐわないもの、ではない。 あのうねりのような詩を口にするたびに、我が血肉は沸騰するようなものを感じるのだ。 リズムを、合わせて。 「――」 嗚咽のような咆哮が、響いた。 砲弾と剣がかち合い、轟音が鳴り響く。 なれど。 私が負けるものか!! ただ、受け止めるだけのくだらぬ結末など許されぬ。 意味があるのは。 この砲弾を堡塁にぶつけてこそにある! 「――雄々!」 受け取れ、テメレール公。 とりあえずの挨拶ばかりである。 堡塁の門へと、砲弾が撃ち込まれた。 木製の大門が衝撃に耐えられず、破砕音ともに砕け散る。 門の閂が、石畳に落ちて音が鳴る。 カーン、と金属が震えて鳴り響く音が、小気味よく聞こえた。 「テメレール公、今からそちらに話し合いに出向く! 茶と菓子を用意して待っていろ!!」 私はテメレール公に届くよう、全身に力を込めて大声を張り上げた。