第122話 レッケンベルとランツクネヒト 「ここが我が母レッケンベルに指揮されたランツクネヒトが包囲した帝都、ウィンドボナか。この大きな都市が燃え上がると、さぞ美しいだろうな」 「他に褒め方無いんですか?」 「レッケンベルとて、燃えると綺麗だったでしょうねと言っていたんだが」 布で束ねている、長髪の黒髪を撫でながらに。 馬車の窓から、帝都を眺めながらにして私は呟いた。 ふと、昔の事を思い出す。 私の故郷フェイロンの王都はどのように燃やされたのだろうか、と。 西方人の膨れ上がった鼻とはまるで違う、ぺちゃりとした鼻に何か痒みを抱きながら。 自分の一族が領地として支配していた都市を思い浮かべる。 「ユエよ、あの近くの堡塁は真新しいであろう?」 「はい、それが何か」 「レッケンベルが大砲の一斉砲撃にて、無茶苦茶に打ち崩したらしいのだよ」 カタリナ様が、本のページをめくっている。 堡塁同士の射線が組み合わさり、攻略するに鬱陶しかったらしいなどと呟いている。 本の内容は大体予想がつくが。 「それは?」 「レッケンベルの日記帳だ。厳密には覚書といった物に近く、こうすればよかった。ああすればよかった。そんな言葉が時系列で書かれている」 少し読んでみたい。 まあ、おそらく読むことが許されるのはレッケンベル卿の娘たる二人。 カタリナ女王陛下とニーナ殿くらいであろうが。 「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」 「なんだ」 「レッケンベル卿とランツクネヒトとの関係が良くわかりません」 質問する。 傭兵は理解できるのだ。 だが、単純な傭兵とランツクネヒトの違いとは何なのか。 「一言で言えば、国(ラント)の従者(クネヒト)と言ったところか。まあ実態とはまるで違うが。彼女たちが忠誠を誓っているのは金であり、国ではない」 「語源を聞いているのではないのですが」 「わかっている。あの奔放無秩序な生き物、僅かな金で人殺しを行う虚栄の塊。服はボロボロ、ズボンはくるぶしまで垂れている。手に握る武器は三分の一がクロスボウ、三分の一がマスケット銃、三分の一が槍。ああ、たまにファウストのようなツヴァイヘンダーを振り回すものもいる」 明確な違いとして、彼女らは両手で剣を振りまわすだけだが、ファウストは片手にて巧みに操る。 ポリドロ卿への細かい賞賛を加えながら、カタリナ様は呟く。 「彼女たちは個人傭兵ではない。軍集団である。その生活様式において触れるまではしない。神聖グステン帝国のどこからともなく湧き出てくるような。多くは追放者であったり、くいっぱぐれの三女四女であったり。指揮官は家を継げない没落貴族であったり。そのような出自の塊である」 「なるほど。大体は判りましたが」 「お前が一番聞きたいのは、レッケンベルが組織した経緯であろう」 本のページをめくる音。 カタリナ様は、ここだな、などと呟きながらに読み上げる。 「前皇帝陛下からの嘆願に対し選帝侯たるヴィレンドルフは兵を出し、アンハルトは金を出した。だが、ヴィレンドルフとて多くの兵を遠征に出せる余裕があるわけではない。アンハルトによる準備金も巨額ではあるものの、武器・馬・軍装などを潤沢に用意するには至らなかった。また、戦時が長引けば補給もままならないだろう。ヴィレンドルフから帝都まで補給線を伸ばすのは厳しく、現地調達が大前提となる」 このままでは、皇帝を僭称する者を打ち破る数には至らず、帝都ウィンドボナを包囲しても落とすには足らないと思われた。 平地戦など、騎士の戦いでは滅多にない。 城塞都市の奪い合いたる籠城戦が普通であり、帝都に引きこもられれば厳しかった。 握り拳の一撃で無茶苦茶にしなければならない。 「仕方なく、レッケンベルは歩兵による傭兵集団を組織することを考える。農民傭兵なるものを考えついた」 「農民傭兵?」 「本当に細かいところ、厳密にいえば違うんだが。ランツクネヒトには多少の没落貴族もいるし、最初から傭兵業の者が入隊する事もあった。それでもこう呼ばれるのは、レッケンベルが帝都までの道中における農村で傭兵勧誘を行ったからだ」 村々を歩き、徴募を行った。 身体の肉付きは良いか。 身体を守る厚手の服はあるか、靴は丈夫か。 鎧や武器を持っているか? そんな基準の審査を行い、クリアすれば兵として受け入れた。 要するに――。 「人買いみたいなものですね」 「人聞きの悪い事をいうものではない。あくまで志願制だ。レッケンベルは短期決戦で人数を揃えるとしか考えていなかったし、とにかく歩兵連隊による軍集団を作り上げることしか頭になかった」 もちろん、問題は色々起きただろう。 農民とはいえ、土地持ちならば傭兵なんぞに参加せぬ。 僅かな金を目当てに参加するなど、もはやスペアですらない三女・四女の集団であり、要するにだ。 レッケンベル卿は、兵を畑から採ったのだ。 「進軍しながら、兵を膨らますことにした。帝都への道のりで、軍集団は1000にも満たぬ数から10000に膨らんだよ」 もう人生に何の望みも抱けないじゃないか、ここは傭兵になって一旗挙げてみないかと。 酷く魅力的で、ヴィレンドルフの誰もが陶酔する英傑が各村々で演説して口説くのだ。 枯れた『バラの花がら』のようにして、誰もがあっさりと落ちてしまう。 人生唯一に差し出されたチャンスのようにして、その手を握ってしまうのだ。 何も資産など持たぬそれらが、実家から最後の情けや手切れとして渡された物や金。 それを元手に、レッケンベル卿から紹介された酒保商人から銃や槍等を入手して、ランツクネヒトに参加する。 給金だけは確実に払ってやるが、他はお前らがなんとかしろ。 レッケンベル卿は効率的である。 「色々問題はあったでしょうね」 親に最後の情けすら貰えないからと、親姉妹を殺して金を奪い取ってしまう事件もあっただろう。 ランツクネヒトに参加して二度と帰ってこない故郷なのだから、そのまま逃げ切ることは可能であった。 そういった問題も起きたであろう。 そうつぶやくが。 「念のため言っておくが、そんなことレッケンベルには関係ない。我が母がどれだけ優しい女であったか」 カタリナ様は語る。 レッケンベルは建前を大事にしていたし、本人は美徳そのものであった。 物凄く丁寧に、全ての事を事細かに運んでいる。 他の貴族のように、無理やりに村々から農民を徴兵するようなことはしなかった。 あくまで全てのランツクネヒトが志願制であった。 他の貴族のように、無理やりに村々から食料を掠奪するようなことはしなかった。 完全武装の数百名の兵で取り囲み、笛や打楽器を打ち鳴らしながらにして村の顔役に交渉に臨み、酒保商人を介して安く物資を買い入れただけである。 あまりにも惨い値段で物資を買い入れてしまった全ての商人はちゃんと後で罰したし、差額の罰金を差し出させては全て軍費にしたと聞く。 貴族ならば、軍費などにせず確実に自分の懐にしまい込んでいただろう。 レッケンベルは本当に高潔である。 「とにかく、レッケンベルは酷く上品だった。あんなに優しい女も珍しい。普通の貴族ならば、道の村々にて『皇帝陛下お救いのためである! 我ら正義なり!!』などと大義名分を叫んでは略奪を働いて、人狩りを行って兵隊にする。金や物資は全て自分の物にしていたであろう。抵抗した村の幾つかは滅んでいたであろう」 「言いたいことは判ります。我が国フェイロンでもそんな感じでした」 というかフェイロンなんか、もっと色々と酷い国であったし。 争いになったらちゃんと相手だけでなく、その三族も皆殺しにしましょうね、などと母親がよく私に教えていた。 復讐が怖いので仕方ないところはあるのだ。 「うむ、しっかりと当初の目的のために動き、兵は志願制をとり、物資には金を払い、自分の懐にピンハネすることなく現地で軍費を稼ぎ、どこまでも兵を纏め上げた。レッケンベルこそ真の騎士である」 うんうん、とカタリナ様は嬉しそうに呟く。 レッケンベル卿は本当に騎士としては極めて善良な人だから、被害にあった方は泣き寝入りすべきであった。 他の貴族だと馬鹿みたいな数の死者が出ている。 「とにかく、そのようにしてレッケンベルはランツクネヒトを築いた。金と、それを与えてくれたレッケンベル以外に何の忠誠も感じていない、人の首を絞め殺したり、火を付けたり、掠奪したりすることが大好きな軍団の完成だ。同時に、軍としては酷く無秩序だった。武器にこそ金をかけるが、防具にまでは回さず、前衛の兵――危険な任務であり、給料が倍であったことから倍給兵などと言われているが。そいつらぐらいしか装備していない」 まあ、酷く合理的ではある。 銃やクロスボウ持ちであれば、遠距離から攻撃すればよいのだから。 「あの色とりどりのズボンの悪魔どもは、まあそのようなものだ」 「ランツクネヒトが産まれた経緯は理解しました。して、一番聞きたいところが一つ」 「何か?」 聞きたいことはつまり。 「狂えるランツクネヒトが、レッケンベル卿に対して抱いていた奇妙な忠誠は、カタリナ様に引き継がれるものでしょうか?」 「私はレッケンベルの娘である。と言いたいところだが、まあ血は違うし、単純に娘だからと忠誠が引き継がれるなどとは思っていない。念のためニーナは連れてきたが」 私はランツクネヒトに期待などしていない。 給料を支払わなければ、レッケンベルにだって平然と剣を向ける連中であるのだから。 そうカタリナ様は呟くが。 「まあ、それでも他の貴族やマキシーン皇帝陛下よりも、私が皇位を簒奪することに期待しているだろうさ。だって、世が乱れなければ傭兵は食っていけないし、立身出世も望めない」 「確かに」 ランツクネヒトは治世を望むものではなく、戦乱と血を望むものである。 「とはいえ、私がそんなことするとはまだ決まってないんだがね。とりあえず、帝都に入り、旅の垢を落とした後にはだ」 「ポリドロ卿に御逢いしますか?」 「本音ではそうしたい。すぐに会って、まずは抱きしめ、産まれてくる子の名前を相談したい」 あの身長2m以上、体重130kgの筋肉の塊。 この神聖グステン帝国よりも大きいフェイロンですら見た事の無いような男。 遊牧騎馬民族国家の西征を信じ、アンハルトにて訴えてくれた騎士である。 私も、少々あの方とは色々と話をしてみたいとは思っている。 ヴィレンドルフでは、親しくなるにあまりにも時間が足りなかった。 「だがまあ、そういうわけにはいかん。先触れの兵の話では、少々帝都では奇妙な事になっているようだぞ」 「奇妙な事?」 「アンハルト選帝侯と、テメレール公が争っているそうだ。ファウストについてだ」 はあ。 と、困ったように声を返す。 カタリナ様の様子がどこかおかしい。 いつもの冷血女王としての鉄面皮が崩れたわけではないのだが。 「テメレール公の配下が、ファウストの容姿を侮辱した。帝都ではその噂が広く流れている」 「……」 どこか、少し怒っているような。 いや、冷血女王カタリナ様は哀しみと愛しか知らぬ。 怒りについて、よくわからないはずであるが。 「ユエよ。東方からの来客よ。私は基本的に、レッケンベルが残してくれた財産を大いに活用するつもりなのだ。ランツクネヒト、そしてテメレール公、これらをどう利用するかは重要だ。ヴァルハラのレッケンベルが、笑顔で『そうです! そいつはもう用済みです!』と叫ぶ前の段階までは利用しなければならない」 カタリナ様の声色は変わらない。 感情に跳ねた様子はなく、その顔は無表情である。 「しかし、テメレール公が私の男を。ファウストを侮辱したというのであれば。そしてファウストが怒っているというのであればだ」 だが、やはり少し怒っているのだ。 興味深い。 カタリナ様が、もし本当に怒ることがあるとすればきっと。 「私も対応を考えねばならん」 レッケンベル卿かポリドロ卿が侮辱された時だけだろうな。 私はそう考え、ぺちゃりとした自分の鼻を、くすぐるように撫ぜた。