第113話 騎士見習いとの会話 「ようやく、息抜きができるか」 ため息をつく。 ここまでの旅路について、少し考える。 帝都ウィンドボナへの旅路は危険であった。 もちろん帝都周辺ともなれば違うが、それまでの街道においては酷いものだ。 れっきとした通商路すら、馬車が通れる程度の道しかないのだ。 旅路は幅員2〜3メートルしかなく、石造りですらない。 雨が降れば泥のような道となる。 当然その時は、馬車は出来た轍を一路に踏み、立ち往生することとなる。 ――そんな私たちの荷馬車を狙っての、数十名単位の山賊も現れたのだが。 「随分とまあ、第一王女親衛隊も強くなったものだ」 私の騎士としての出番は全くなく、第一王女親衛隊とその従者たちが対応している。 法衣騎士の優秀な次女・三女を無理やりに引っ張ってきた、アンハルトで最も優秀な騎士団。 ヴィレンドルフ戦役の時とは違い、第一王女指揮下にふさわしい充足を済ませた200人からなるアンハルト最強の兵団が、隊長たるアレクサンドラ殿の指揮のもとに蹴散らしてしまった。 正直言って、つまらない。 「ヴィレンドルフ戦役の頃は、時期が悪かったですしね。法衣貴族の家から優秀な者だけを集めたとはいえ、まだ従者の戦力化すら終わっていなかったと聞いています」 「あんな兵力で、よく勝てたもんだと思うよ」 レッケンベル騎士団長。 私が殺した、敵国において死してなお誇られる英傑の事を考え、それに蓋をする。 「今回はお客様ですよ、ファウスト様。騎士としてグレートソードを振る機会はないでしょう。御身の安全のみ考えてください」 「私は戦場で武器を振るうことでしか、この能力を発揮できない騎士であると自覚しているのだが?」 領主教育は受けた。 だが、それは領民300名の小さな辺境領地を養うための知識だ。 このような大舞台、帝都であるウィンドボナで役に立つはずがない。 「マルティナ。先ほども話したが、正直困っている。私は従士長であるヘルガを含めたポリドロ領民を置き去りにし、ここまで来てしまった。いや、ヘルガがいても役にはたたんから置いてきたのだが。可哀想な事をしたとは思っている」 「その代わり、このマルティナが騎士見習いとしております。ご安心を」 マルティナの姿を見る。 銀髪碧眼の9歳児であり、首のうなじを隠すような美しい髪を、三つ編みにして束ねている。 少し、嬉しくなる。 「何笑ってるんです」 「少し大きくなったか?」 「そりゃ、まだ9歳児ですからね。背も伸びるでしょう」 つれないマルティナの返事、その声は決して冷たくなく、むしろ優しささえ感じるのだ。 マルティナの成長を喜んでいる状況では、残念ながらないだろうな。 私はアナスタシア殿下とアスターテ公爵、それにアレクサンドラ殿。 その三人と一緒に馬車に閉じ込められながら、馬車で長い事揺られて。 その間、色々な事について考えた。 立場を考えて差し控え、彼女達には聞けなかった事。 「マルティナ、幾つか聞きたいことがあるんだが?」 「何なりと」 その疑問をこの場にて、解消しておく必要がある。 「一つ。アナスタシア殿下は触れようとすらしなかったが、選帝侯にたいする戴冠式においてだ。他の選帝侯は来られるのだろうか?」 「カタリナ女王陛下の事でしょうか?」 マルティナが、やや面白くなさそうな顔をする。 婚約者――とは違うな。 私の超人としての配合、いや、これもカタリナ女王陛下に対しては失礼だ。 そのような事を考えているわけではなく、しかし愛とは少し遠いかもしれない。 イナ=カタリナ・マリア・ヴィレンドルフについて考える。 彼女、今頃は何をしているであろうか? 何度か文通はしているのだが、お互いの普段の些細な事。 お互いの母親について。 レッケンベル騎士団長が生前どうであったか、私の母マリアンヌが生前どうであったか。 そのような事ばかりを話しているのだ。 恋人の会話とは少し違うのだろうな。 そんなことを考える。 「これは私の予想に過ぎません。なれど、彼女は確実に来るでしょう」 「和平交渉を結んだとはいえ、かつては殺し合った敵国である。選帝侯同士、価値観のずれもあり、仲が良いとは決して言えない間柄だ。それなのに来るのか?」 「何言ってんです」 マルティナは、大きなため息を吐いて呟いた。 「ファウスト様に会いに来るだけですよ。アンハルトの事なんか、関係ないです。皇帝陛下への拝謁すらも、ついででしょう」 「私に?」 私とて、まあ会いたいとは思っているんだが。 文通はすれど、あまりカタリナ女王の事は知らぬ。 会うまでは一カ月をかけて、それこそ念入りに調査したのだから、彼女について詳しくはあるが。 レッケンベル殿の愛情を骨の髄まで理解した彼女の、その後についてとなると、私は知らないのだ。 「カタリナ女王は約束を守るでしょう。嫁を娶った後に、褥を共にすると。和平交渉の条件がそれなのですから、ヴィレンドルフならば死んでも契約を遵守します。ですが、ファウスト様はすでに婚約者を得ました」 「まあ、どういうわけかヴァリエール様が婚約者になってくれたが」 嫌いではない。 ヴァリエール様、性格においてはむしろ好ましいのだ。 ただ、私はロリコンではないのだ。 貧相というか、もう明らかに14歳どころか12歳が精々の外見、それに昂るところはないのだ。 「ともかく、もうカタリナ女王にとっては婚約者さえ納得させたら、後は自由だレベルの状況ですし。何事も順調に進んでいるんですよ。彼女はファウスト様に会いにくるためだけに、この帝都ウィンドボナに来ます」 何故かマルティナは、かなりの不快感を表しながらに呟き捨てた。 私は納得する。 「帝都ウィンドボナに出向くついでに。アンハルトの王都にてヴァリエール様と話でもしてるんじゃないですかね。今頃はですが」 「ヴァリエール様にあまり負担はかけたくないのだが」 ヴァリエール様はなんか可哀そうなので、あまり負担をかけたくない。 肉欲的に興味が一切ないとはいえど、私はヴァリエール様の事が嫌いではないし、まあポリドロ領を代わりに継いでくれる子が出来たならば、ヴァリエール様の代わりに死んでも良い。 第二王女相談役として、その程度には忠誠を誓っているのだ。 「ヴァリエール様についてですが。あの人はあの人で、今のしんどい道を自分で選んだんですよ。同情すべきところは何もないです。精々苦労してもらいましょう」 割とマルティナは冷たい。 ヴァリエール様の話になると、時々刺々しくなるのだ。 あの人が現状で苦労に対して得られたものなど、そう多くはないと思うんだが。 私の婚約者としての立場など、価値はないだろうし。 「カタリナ女王やヴァリエール様の動向としてはそんなところです。他にはなにかありますか?」 「二つ目だが。マキシーン皇帝陛下について、道中アスターテ公爵から話を聞いた。どのような人なのだ?」 「当たり前ですが、私に面識はありません」 そうだろうな。 だが、もはや無いボーセル領の教会、その図書室にて本の虫であったマルティナだ。 私よりは状況に詳しいだろう。 「来歴について、多少お聞きしたとのことですが。まあ、可哀そうだとは思いますよ。そして私より間違いなく優秀でしょう。酷く我慢強く、倫理と現実へのくびきを愛し、同時に感情の激発においては火砲の砲撃よりもえげつない。そのような御方であると考えます」 マルティナの予想。 少なくとも私よりは詳しいそれ。 顎を撫で、途中で口を挟まない仕草をすることで、話を続けさせる。 「新紀元歴においての話となります」 目をつむり、話を聞く。 それはマルティナが本で読んだ通りの、歴史の流れ。 11年前に幼きマキシーン皇帝陛下が幽閉され。 8年前に、マキシーン皇帝陛下の父君がなくなり。 7年前に、先代皇帝陛下であった母君が選帝侯に、ヴィレンドルフやアンハルトに嘆願した。 遠国の海洋国から迎えた夫は、娘のために餓死をして。 その遺骸すら取り戻せず、娘は未だ囚われている。 報復を! どうか、私の全てを取り戻すための力を貸してくれ! 何もかもかなぐり捨てて、狂気すら感じる檄文を受け、アンハルト選帝侯王配たるロベルト様がまず動いた。 リーゼンロッテ女王陛下に、将来の利益あることを言い含めた進言を行ったのだ。 アンハルト選帝侯、リーゼンロッテ女王陛下は物資と資金においての強力な支援を。 ヴィレンドルフ選帝侯、カタリナ女王陛下は、より具体的な『剣』を。 クラウディア・フォン・レッケンベルという、ヴィレンドルフ最高の英傑という強力な指揮官を差し向けた。 先代皇帝陛下と、その指揮下であるレッケンベル騎士団長は戦に勝利した。 先代皇帝陛下ではなく、レッケンベル騎士団長の差配により勝利した部分が強いのだが。 「そこだな、そこ。その戦についてが詳しく知りたい」 「わかっております。レッケンベル騎士団長が勝利した理由についてですね。どうやって勝ったか? それについては、ファウスト様も名前ぐらいは聞いたことあるでしょう」 ――『ランツクネヒト』と呼ばれる、歩兵の傭兵部隊をレッケンベルが大量に導入したのだ。 グステン傭兵師団を大量に導入した、戦場のルールも騎士の名誉も何一つない戦を、これは私戦(フェーデ)だから知った事ではないとやらかした。 本当に酷い戦であったと。 確かに鮮烈に勝利したものの、騎士の名誉などとは程遠い。 皇帝陛下を僭称した先代皇帝陛下の親族、一族の愚か者の末路などは酷すぎる。 あれなど、ランツクネヒトどもに笑いながら体を切り刻まれ、8つの身体に分かれてマキシーン皇帝陛下に届けられたのだ。 生きたままにバラバラに引き千切られたその凄惨な有様については、マキシーン皇帝陛下の一言がそれを物語っている。 『私はウィンドボナの市長への怒りと違い、この女については『ここまで』恨んでいなかったのだが』。 届けられた死体を目にした、マキシーン皇帝陛下の言葉。 彼女はその死体を、親族には見せようとせずに速やかに埋葬したらしい。 そういった話をマルティナから聞く。 「ランツクネヒトか」 ポツリ、と呟く。 前世においては。 マクシミリアン1世によるもの? いや、厳密にはゲオルク・フォン・フルンツベルクだったか? やや曖昧になってしまう――私は前世において文学肌であって、歴史にそこまで興味があったわけではない。 かつての神聖ローマ帝国が編成したランツクネヒトの出自について考える。 この世界では、クラウディア・フォン・レッケンベルの手によるものなのか。 「言っておきますが、レッケンベル殿の騎士団はランツクネヒトがやらかすような一切の略奪を禁じております。ランツクネヒトは、まあ。あまりにも粗野と言いますか、騎士ではないというか、まあ武人ですらありません」 傭兵にそこまで求める方がおかしい。 現世での価値観では、そのように考える。 騎士のルールに厳格であったレッケンベル殿の方が、むしろ奇異ですらあるのだ。 「とにかく、そのようにして勝利しました。ファウスト様がレッケンベル殿をこれほどないまでに高く評価しているのは知っています」 「私は本来であれば、あれは私が敗北する流れであったとすら考えている」 偶然勝てた。 暴論を吐くが、確実に勝てたなどとヴィレンドルフ戦役においては口が裂けても言えぬ。 あれはそのような戦であったし、一騎打ちはそれより酷い! レッケンベル殿に勝てたのは何か、私の母マリアンヌが黄泉から力を貸してくれたか、そのような不可思議な結果であるとすら考えている。 「戦について詳細を知ることはできるか?」 「帝都ウィンドボナで図書室の閲覧許可を得る事ができれば可能です。そのように差配を」 「すまんな。私は古語を読むことができないから、マルティナに頼むことになる」 ランツクネヒト。 マルティナは賢く、その才能においては私など超えている。 手が届かない遥か遠くにあると思われた。 そのマルティナに、貴方は遊牧騎馬民族国家に対し、何の対策を練るのか? 神聖グステン帝国皇帝陛下になにも訴えないのか。 そう問われた。 私は考えている。 その役目は、すでにアナスタシア殿下やアスターテ公爵に任せてあると。 なれど、不安は消えぬし、同時に一つの期待がある。 前世の中世ヨーロッパの戦争のあり方において変化を遂げた傭兵集団。 その存在において、その存在は何か私の想像にも及ばないことをやらかすのではないか。 そのような期待をしている。 「とにかくも、調べてくれ。私はその間、アナスタシア殿下のパートナー役がある」 「本当にやるんですか?」 マルティナが心配そうにつぶやく。 安心しろ、私はもっと心配だ。 「まあ、これでも選帝侯のパートナー役なのだ。私がそれに足りないのはともかくとして、周囲が配慮してくれるであろう」 「私はそれですら不安なんですが」 私は今後、アナスタシア殿下のパートナー。 夫ではないが、選帝侯にふさわしい、横で周囲に見せびらかせる男。 その質によって権力と財力を誇示するそれ。 品が感じられぬ上級社会のそれに、ややウンザリしながらも呟いた。 「とにかく、私は努力する。それでも足りないのはわかっているが……」 私は、ファウスト・フォン・ポリドロは、レッケンベル殿との一騎打ちに次ぐ困難な戦になることを理解しながら。 パーティーに行くための準備を開始した。