第111話 最近の婚約者 私は努力をした。 軍役以外では全く王家に関わろうとしないアンハルト領邦内、軍役以外では顔すら見せない偏屈な封建領主達へのドサ回りを全て済ませたのだ。 来年に予定している、北方の遊牧騎馬民族との戦場。 おそらくは大規模な殲滅戦となるであろう。 後顧の憂いなく叩きのめさなければ、後事に関わるのだ。 必ずや、ただの一撃で。 拳を振り下ろした先の猪が、一撃で昏倒するような形にて。 速やかに敵を滅ぼさなくてはならないのだ。 そのためには、ともかくファウストの言うように、指揮権を統一しなければならない。 「私、頑張ったわよね」 自分に語り掛ける。 封建領主が軍役として戦に参陣すること、これ自体には何の問題もないが、指揮権をアスターテ公爵に委ねるというならば話は別となる。 ……ゆえに、それを説得する人間が必要であった。 そして説得を容易にするのであれば、まず前提条件が必要だ。 封建領主側が少なくとも、話だけはとりあえず聞いても良いと判断する相手でなければならない。 たとえば初陣を済ませたばかりとはいえ、それが数で勝る相手への勝利であった軍役経験者。 それが王族であり、所詮スペアには過ぎねど、第二王位継承者であれば申し分なかった。 そのような人間は、私ことヴァリエール・フォン・アンハルト以外には存在しなかったのが問題だが。 「私、努力したわよね?」 母さまと姉さまから事前に許してもらった交渉材料について、一考する。 王家の資金により行われる国内街道の整備、要するに商人を訪れやすくする交易面の配慮、その工事における人足を封建領主の領民から雇い入れる事で、金を現地に落とすなど。 そういったちまちまとした譲歩、条件面での交渉すらしつつ、全ての偏屈な領主騎士を説得したのだ。 「ヴァリ様にしてはよくやったと思います」 愚痴を吐いた相手であるザビーネは、軽い口調で答えた。 ぶん殴ろうかな、と思った。 だが、私の親衛隊長であるザビーネは確かに私に忠誠を誓っていたし、こういう性格なのは理解している。 これでも心の底から褒めてくれてるのだ。 労いの言葉にしては、あまりにも礼儀知らずであったが。 「同時に、平凡なヴァリ様に無茶させすぎです」 「私もそう思う」 アナスタシア姉さまや、従姉妹のアスターテ公爵ならば確かに片手間の仕事だろう。 だが、私にとっては全身全霊を込めてやらねばならない仕事だった。 なんとか成し遂げたとはいえ、本当に苦労した。 私は確かに王族としての高等教育は受けているが、超人どころかただ一人の凡人に過ぎない。 能力的には命を擦り減らすような思いをして、やっとのことで達成した仕事である。 終わった事だから、それはもうよいが。 「というかさあ。ザビーネに私は色々言いたいことあるんだけどね」 「何か?」 「何かじゃないわよ」 色々言いたい事。 それは別に事前に許可なくやったことではない。 ザビーネはちゃんと私に許可を求めてから動いたし、私もそれを許したのだ。 親衛隊長であるザビーネは、私財を投じての――かつて自分の家であったヴェスパーマン家から毟り取った金で、第二王女親衛隊の拡充を行いたいと。 私がドサ回りで苦労している中、通信機である水晶玉の定期連絡にて提言してきたために、私はそれを許可した。 だからといってだ。 これはやりすぎだ。 「第二王女親衛隊、全員敬礼せよ! 指一つ震えるなら、その恥はヴァリエール第二王女殿下の恥になると思え!!」 私の騎士、親衛隊員の声が練兵場に響く。 まだ練度こそ低いだろうが、一つの軍集団が私の前で敬礼している。 私がいない間に、誰かさんは第二王女親衛隊の兵員数を14から100にまで拡大させていた。 私と騎士団14名、騎士15名に対して各従者5名、様々な役職の10名を加えての100名となる。 許可はした。 確かに許可を私はした。 ハンナを失ってしまった以上、騎士の補充はそれこそ母さまからも度々言われていたし。 いくら貧乏騎士団とはいえ、騎士に従者もいないなんて馬鹿みたいな話であったし。 だからこそ、まともな兵団として成り立つよう、部隊編成の許可を親衛隊長たるザビーネに出したのだ。 確かに私は許可した。 だけど、ここまでやれとは言ってない。 「あのね、ザビーネ。限度ってわかる?」 「大丈夫です」 何が大丈夫なのか。 いや、もう、腹立つ話ではあるが。 ザビーネが大丈夫だというからには、本当に色々と大丈夫なんだろうとは思う。 だが、状況を把握しないわけにはいかない。 「まず装備。兵隊がほとんど銃兵なんだけど」 チェインメイルすら装備していない兵隊たち。 精いっぱい防御力がありそうな厚手の服、キルティング加工された中古のギャンベゾンもどきを着ただけの兵がちらほら。 だけど、マスケット銃をほぼ全員が肩に担いでいるのだ。 このマスケット銃どこから用意した? 金があれば買えるものではないし、その金だってさすがに足りなかったろう。 「入手方法ですが、まずヴァリ様を含めた騎士団全員でケルン派に改宗しました」 「うん、私その話聞いてないんだけど。私初めて耳にしたんだけど」 宗教の自由は確かに存在する。 それが俗世における不完全性を補填するような「正当なもの」である限りであるが。 よほどの異端――神すら信じないような。 そのような明確な異端でない限り、改宗は自由であった。 だからと言ってだぞ、お前。 ケルン派はない。 ケルン派はないだろ、お前。 宗教のアレさでいえば、極端も極端だと言えた。 「一応聞いておくけど、私は? 私その場にいなかったんだけど」 「この顔合わせの後に、ケルン派教会に予約とったんで行っといてください」 無茶苦茶だコイツ。 私まで勝手にケルン派にしたのかよ。 思わず、悲鳴の一つも出そうになるが。 「ヴァリ様はポリドロ卿の領地に行き、妻として家名を受け継ぐことになります。ポリドロ家は家の起こりからずっとケルン派なんですから、家を相続することとなるヴァリ様だって将来的にケルン派に改宗するんですよ」 ザビーネのいう事は尤もである。 どう考えても、早いか遅いかの違いでしかない。 「あ、うん。そうだったわね」 「ともかく、銃に関してはヴァリ様含めた全員が信徒に改宗、そして数を大量に購入することで、安価にて入手しました。このザビーネ、多分この世で一番銃を安く買った騎士だと自負しております」 いくらで買ったんだろう。 怖いから聞けない。 だが、ケルン派の思想的に信徒となった以上は「身内」なのだから、「特別な配慮」はあり得た。 それこそ、第二王女とはいえ、その騎士団丸ごとが信徒になることの意味は確かにあった。 そして、なんかちょっと頭おかしくてケルン派に同調度は高いだろうザビーネである。 銅貨一枚で買ったと言われても、驚くところはなかった。 「軍装についてはもういいわ。でさあ、まず雇い入れはどうしたのよ? 伝手はないでしょ」 「簡単でしたよ?」 「ザビーネにとって簡単であったかどうかは、別に聞いてない」 ザビーネの簡単と、私みたいな平凡な人間にとっての簡単は違う。 理解はできないだろうが、経緯は知っておく必要がある。 この哀れな子たち――平民出自であろう兵隊たちがどうやって連れてこられたかは、聞く必要がある。 「姉妹団――要するにギルド、相互扶助会ですか。そこらへんに出向いて、とりあえず将来なんかないだろう連中。このままお先真っ暗で、後は死ぬまで世の中を恨みながら苦しんで死ぬだけ。そんな三女四女のスペアもスペア。いらない子。そういう子がいないかって聞いてきました」 「で?」 まあ、兵隊になるくらいであろうから、そんな可哀想な女達であろう。 それはわかる。 続きを。 「とりあえず騎士団全員でしばらく調査を行い、ある程度まで分かる範囲で打ち切って。なんとかまあ兵隊として使えそうな連中全員を連れてきて、私が全力で勧誘しました」 洗脳したのか。 ザビーネならば容易いことだった。 個々相手の交渉も酷い、えげつないものだが、ザビーネは集団相手の演説においてその真価を発揮する。 「皆泣きながら、喜んで兵に志願してくれました」 ザビーネの視点では、赤子の手を捻るように簡単に誑かせたであろう。 可哀想な子たち。 よくよく兵を見れば、マスケット銃を肩に掲げた子たちは、王族である私の事を憧憬の目で見ている。 自分たちが傭兵雇いではなく、正式に親衛隊の兵士として雇われたのだと。 ――嗚呼。 完全に詐欺師のような気分で心苦しいが、もう雇い入れてしまっている。 こちらの弱みを見せるわけにはいかない。 彼女たちのためにも、しっかりしないと。 「雇用条件は?」 「そちらの方もリーゼンロッテ女王陛下、アナスタシア第一王女殿下と交渉済みです。雇用契約金や軍装の金をそちらで用意するならば、兵隊の給料ぐらいは払ってやると」 なんでザビーネ、直接に母さまや姉さまと話してるんだろう。 私が各地をドサ回りしている以上、確かに第二王女親衛隊長として王族に直言する資格はあるのだが。 ともかく、もうそれはよい。 「だからと言って、一生雇えるわけじゃないのよ? 老後の年金を払ってあげられるわけじゃないでしょうに」 「私たち親衛隊員が出世して、世襲騎士になった場合はそれぞれ死ぬまで雇ってあげられます。要は運命共同体です。我々が活躍し出世したならば、兵役を終えた後、騎士の従者としての将来も約束されます」 運命共同体。 確かにそれは事実であろうし、そうなのだろう。 ザビーネは詐欺師そのものの人物であるが、嘘はつかない。 何一つ嘘は言っていないのだ。 ただ、ザビーネの目はそうだと言っていない。 私たちが生き残るためにお前らは死ね。 そう言っており、兵隊など消耗品だとしか思っていない。 ザビーネにとって、家族とは親衛隊員の騎士たちであり。 忠誠を捧げる相手はアンハルト王家ではなく、この私ヴァリエールただひとりであり。 例外があるとすれば、同じ戦場を共にし、ハンナの死に敬意を払ってくれたファウストという男ただひとり。 それ以外は、心の底からどうでもよいのだ。 「ザビーネ」 私はそれが少しだけ悲しく感じた。 このザビーネの本性は、例え何があろうが変わることはないだろう。 死ぬまで変わらない。 だが、そのザビーネは、本当に私に忠誠を誓っている。 仲間である親衛隊員たちを、家族のように愛しているのだ。 もし私の命を身を捧げて助けた――ハンナの代わりとしてお前が死んでもよいか。 そう神に囁かれれば、喜んで応じただろう。 それも判っているのだ。 「貴女の忠誠、有難く思うわ」 だから、せめてザビーネが幸せになれるようにしてあげたいと思った。 だって、ザビーネを理解してあげられる人間なんて、もうそんなにいない。 親友であったハンナを除けば、性根まで受け入れてあげられるのは、このヴァリエールしかいないかもしれない。 「そういって頂けると、本当に嬉しいです」 ザビーネは、本当に嬉しそうに笑った。 おそらくは、私のこの内心までを完全に見抜いた上で。 そこまでして私に忠誠を尽くしてくれる姿が、妙に悲しかった。