第110話 告白失敗の理由 「ぶち殺すぞアスターテ」 あまりにも理不尽である。 私はそのように思い、人肉食ってそうな従姉妹の文句に言い返した。 「私悪くなくね?」 私悪くない。 アナスタシアの告白が失敗したのには様々な理由があり、少なくとも私に責任はない。 そのように答えるが。 「私予想したよ! ファウストと一緒にこの旅を通して、健やかに愛を育むんだなって」 アナスタシアはまるで聞いてくれない。 「お前言ったよね? 婚約者はヴァリエール。おまけにあのババア、もといお母様がファウストの子種を狙っている。お前がファウストの童貞を本当に欲しいなら、この旅で奪うしかないって!」 「それは言ったけどさ」 当然の結果である。 こうなったのは確かにファウストの察しが悪い点もあろう。 それは事実であるが、結果から見ればファウストの気持ちも理解できるのだ。 再度言うが、これは当然の結果である。 「もういいよ! 告白なんて止めだ! 押し倒す!!」 ばん、と無意味に横のアレクサンドラの肩が殴られる。 痛いですアナスタシア様、という親衛隊長の声を無視して、アナスタシアは叫ぶが。 「本当に力づくだとファウストには勝てないだろうに。それこそ素手なら、この三人相手でもファウストには負ける」 話題のファウストはというと、今この部屋の中にはいない。 今は街道から少し離れた、ある領主の城にて休息中である。 二、三日の間は糧食や飼葉などを補給し、そこからまた旅に戻る。 ファウストは今頃、連れてきた愛馬フリューゲルを撫でまわし、可愛がっている頃であろう。 「とにかく、失敗したのは私のせいじゃないよ」 「なんで失敗した? 私、無茶苦茶頑張って告白したぞ? 人肉食ってそうとか言われてる陰口だって知ってる。だから頬も頑張って緩めて、もう出来る限り穏やかに話した。出来る限りの努力したのに」 それには同情するが。 ともかく、何故失敗したのかというとだ。 「ファウストの性格をよく考えてなかったお前が悪い」 主な理由としては、である。 生真面目なファウストに対しては、あの告白は通用しない。 「ファウストの性格はよく知っている! 権力や利益による変な小細工は、嫌われるだけだ。だから小細工は抜きにして、真正面から告白したんじゃないか!!」 「やり方は間違っていなかったよ。決して」 とはいえ、別にアナスタシアの告白が不味かったわけではない。 ファウストに対して、あのやり方は何一つ間違っていない。 だが、通用しなかった。 「じゃあ何が悪かった?」 「順を追って話そうか。まず、ファウストの立場的にお前が欲しいという告白は通じない」 アナスタシアなら、この一言で理解できるだろう。 「まさか、婚約者に操を立てているとでも? ファウストは別にヴァリエールに恋慕の思いを持っているわけではないだろう」 「確かに恋い慕う気持ちはないだろう。あくまでも、将来はという形での婚約者でしかない。だが、あの生真面目なファウストならば、ヴァリエールを死んでも裏切らない。ならばその姉に身を許す行為は、完全な裏切りだと思うのではないか」 女が9に対し、男が1しか産まれない。 この社会においては、姉妹や親友同士で男を共有することなど普通の事である。 何一つとして珍しくもないし、別にアナスタシアの告白は罪にならない。 もちろん、従姉妹のアスターテがファウストを口説こうが、婚約者たるヴァリエールの同意さえあれば問題にはならない。 さすがにリーゼンロッテ女王陛下のように、親が娘の夫を味見するようなのは世間的にアレであるが。 悲しい事に、王家の歴史を見れば無いわけでもない。 そうでなければ、ヴァリエールが婚約者になることは皆に反対されていただろう。 「ヴァリエールは良いって言ったじゃないか。姉さまなら何をしても許されます。むしろお姉さまが一番最初にファウストを抱くべきですって言ってた。それが世界の決定だと。皇帝陛下だってそりゃそうよ!と言ってくださるって」 アナスタシアは平然と嘘を吐いた。 さすがにそこまで言ってない。 ヴァリエールは抵抗しても無意味だと理解していて、諦めてるだけだ。 アレクサンドラが、横から口を挟みこむ。 「アナスタシア様。残念ですが、ヴァリエール様からは何一つ言葉はなかったかと。姉妹やアスターテ公爵と三者にてポリドロ卿を共有する話は、少しも伝わっていないのではないかと思います」 ヴァリエールが仕方なく現状に納得するかと、自分の口でファウストにそれを言いたいかは全く別な話である。 絶対にヴァリエールから、そんな事言うわけがない。 私たちとて、それをヴァリエールから言わせるような無理強いだけは、さすがに出来かねた。 「要は、ヴァリエールが悪いのね」 さすがに、その結論は可哀そうである。 お前、妹と仲直りしたんじゃなかったのか。 仕方なく弁護する。 「そもそも、ヴァリエールはファウストの王宮におけるゲッシュ事件以降、地方領主へのドサ周りに出ている。ファウストに今後について相談する時間などなかった。ヴァリエールには本当に何の責任もない」 要するに、何一つ話が裏で通っていなかったのだ。 「婚約者のいる男を、横から?っ攫おうと襲い掛かった蛇目姫でしかないんだよ。アナスタシアのやってる事は」 「私はちゃんと筋を通してるだろ! 婚約者であるヴァリエールの許可取ってるんだぞ!」 何度も言うが、それをファウストは知らない。 そして、ファウストはというとだ。 「ファウストは、あれでもお前の事を為政者として、指揮官として尊敬しているんだよ。だから、妹と婚約しているファウストに手を出すような破廉恥な人間だとは思っていないだろうし、そもそもだ」 貞淑で無垢でいじらしい、朴訥で真面目な、童貞のファウスト。 そのイメージに対して、今回の行動は何一つ外れるものはない。 「ファウストがお前の言葉を真面目に受け止め、婚約者を裏切り、これからアンハルト選帝侯家を継承することになるお前の地位と金に目が眩み、ほいほいと告白を受け入れるような奴であれば良かったのか?」 「ファウストはそんなことしない!」 それは判っている。 そして、少し話がブレてしまったので、修正を試みる。 「ともかくだ。あれだけの告白をすれば普通の男ならば落ちただろう。だが、あいにくファウストにとっては、お前は信頼する上司であり、婚約者の姉なんだ。ファウストから見れば、お前からの告白は絶対に有り得ないんだよ」 結果はそれだけだ。 ファウストとて、面と向かって愛を囁かれても何も感じない程、鈍い男ではない。 さすがにこれは告白ではないか?と疑いもしたと思う。 だが、それは自分自身で否定してしまったであろう。 ファウストは自分の容姿に自信が無く、アンハルトにおいては好まれぬ醜男だと思っているのだ。 アナスタシアが今まで抱き続けてきた好意など、まったく知らない。 このアスターテのように、普段から尻を触ったり、抱き着いたり、首筋の匂いを嗅いだりするような性的接触。 もとい。 普段からの淑女たる正しいアプローチさえしていれば、本気だと思ってくれたであろうが。 今まで、アナスタシアからそういったアプローチは一度として無い。 今回の告白で、ようやくイメージが改善されたレベルである。 「私は勇気を振り絞って告白したのに!」 無意味に、横のアレクサンドラの肩が殴られる。 痛いですアナスタシア様、という親衛隊長の声は無視された。 人や物にあたるのは良くないと思うが。 「もうハッキリとベッドを共にしようと言え。お前を愛しているから、お前の子を孕みたいと言え。さすがにそこまで言えば、ファウストだって意を汲む」 「……嫌われないかな?」 アナスタシアは、下からの上目遣い。 本人にとっては不安そうな顔。 他人から見れば、生まれついてから生きてきた人生の憎悪全てを込めたような視線。 今からお前を無残に殺す! 激しく叩いて破いて壊す!とでも言いたげな視線を投げかけながら、私に質問する。 本当に目つき悪いなコイツ。 そんなことを思いながらも、問いを返そう。 「尻触っても、公にじゃなければ怒らないんだから。丁寧に断られることはあっても、怒りはしないだろう。ファウストは自分に対することなら、怒ることはない。本当にやると拙いのは、三つだ」 それは騎士の名誉に関するような、一つ貶せば、十は褒めないといけない。 そんな当たり前の事。 礼儀として当然の事である。 「一つ目、ファウストの母親マリアンヌを侮辱しないこと。二つ目、領地であるポリドロを侮辱しない事。三つ目、その二つの尊厳と名誉全てを背負っているファウストを、公の場で侮辱しない事。後は……まあ、ヴァリエールの初陣にて、あまりにも扱いの酷さに怒ったぐらいか」 アレは、初陣の規模がデカくなったから結果的にはまあ、良かったんだろうが。 そんなことを呟きながら、あの初陣で得た自分にとってのプラス要素。 マルティナという、一人の少女について考える。 今頃、ファウストと一緒に愛馬フリューゲルの世話でもしているのだろうな。 さて、あの少女が書いた書物については、今回どのように利用するか。 「もし、ファウストに嫌がられたらどうする」 色々と考えておきたいあれこれの前に、まずは眼前のアナスタシアの事である。 解決方法は単純だ。 強引に事を為せばよいだけ。 「嫌がられたら、それはそれ。昔と違って、今はちゃんとヴァリエールというポリドロ領の後継者を産んでくれる婚約者がいるんだから、権力を傘にファウストを押し倒せばいい」 昔は色々と配慮する必要があったが。 実のところ、ヴァリエールはそこら辺の問題の解消のためには、有難い存在であった。 そう告げるが、アナスタシアは眉を顰める。 「いや、私はファウストには絶対に嫌われたくないんだ。お互い同意の上でベッドインしたいんだ。そこのところ理解してるのか?」 「嫌がったら、それはそれで興奮するだろうが!」 私は怒った。 昔は確かにファウストへの配慮も必要であった。 だが、今となっては違う。 私はハッキリとアナスタシアに告げる。 「いいか! ファウストが一番大事にしているのは先祖代々の領地だ! その懸念が取り払われた以上、ファウストは私たちの配慮に対し、誠意をもって応える必要がある!」 力強く言う。 「そうなのか?」 「もちろんそうだよ! もう誰が見ても、領地のために配慮して縁談を用意してくれた婚約者の姉と従姉妹に腰を振るのは、とても自然な事だよ!」 私はあくまでも、力強く言う。 私たちがこれだけ譲ったんだから、ファウスト側だって少しは譲ってくれるべきなのだ。 「第一、嫌がられたら、嫌がられたで。それはそれで興奮するだろ! お前はしないのか!!」 私は怒気を剥き出しにして言う。 アナスタシアはちゃんと理解していないのだ。 それを諭してあげないといけない。 「お前に抱かれるのを嫌がって! それでも領地のためだけを考えて。婚約者のヴァリエールの立場も考えて断り切れず、仕方なくお前に抱かれる貞淑なファウスト! それを何も知らないヴァリエールに、心から謝罪するファウスト!」 ばんばんと、両手で部屋の机を叩く。 アナスタシアは、本当に何もわかっていないのだ。 「ヴァリエールとファウストは、そんな惨めなお互いを想い、ベッドで慰め合うんだ! 私とお前はそんな二人の事を考えて、美酒に酔う!!」 もし、私の言葉通りになったら、それはもう、とても凄いことになってしまうのだ。 「そんなことも判らないなんて! お前は貴族として恥ずかしくないのか!!」 私は絶叫した。 ここまで言えば、アナスタシアも理解してくれるだろう。 私は下げていた顔を上げ、アナスタシアと視線を合わせる。 「お前は人として恥ずかしいだろうが!!」 拳骨で、上げた横面を思い切りぶん殴られる。 何故だ。 「何で理解してくれないんだ!」 「お前の変態理論なんか、よっぽどのアレじゃない限り理解できんわ!!」 アナスタシアは何も理解してくれない。 これでは嫌がるファウストを、私とアナスタシアの二人がかりで襲う行為にも理解を示してくれないだろう。 駄目だ、これでは。 「言っておくが、アナスタシア。お前そんな奥手だと、ファウストを落とすのは無理があるよ」 「今回の旅は長い! まだまだ口説く時間はある!!」 今回の旅、紛れもなくアナスタシアがアンハルト王国を継承するための旅ではあるんだが。 そこには、どうしようもないくらいの爛れた欲望が隠されている。 ファウストをベッドに引きずり込む。 そんな欲望。 「とにかく、アスターテ! 何か考えるんだ。私は政治と戦略はともかく、恋路においては悲しいくらいに劣っている!」 「いや、恋愛経験は私もないんだけれどね」 特に意味もなく肩を殴られる、アレクサンドラ。 痛いですアナスタシア様、という親衛隊長の声は無視されている。 ともかく、告白は失敗してしまったが、じゃあ何の成果もなかったかというとそうではない。 少なくとも、アナスタシアとファウストの距離は確かに縮まったであろう。 で、あれば、後はどうしようもなく深い堀を埋めるだけ。 具体的にはだ。 戦術的に考えると。 「ヴァリエールに手紙を出そう」 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。 男を落とさんとするならば、まずその婚約者を口説き落とそう。 これは戦術家に言わせれば、当然の結論であった。