第35話 歓迎パレード ヴィレンドルフ王都。 その幅広く設けられた、王宮まで一直線の長い長い目抜き通りにて。 ヴィレンドルフの民衆は今か今かと待ち構えていた。 アンハルト王国からの使者。 ファウスト・フォン・ポリドロを、である。 誰もが英傑詩を耳にタコが出来る程聞いていた。 人とは思えぬほどの美しさ、もはや魔性の域。 太陽のごとき、筋骨隆々の姿。 身長2mを超える大男。 全て、ヴィレンドルフの価値観では肯定されるもの。 そして、使者としてヴィレンドルフに訪れる事が決定してからも、新たに紡がれる物語。 国境線から始まる、ヴィレンドルフの英傑レッケンベル騎士団長が逃げなかったのだから私も逃げぬ、その口上が幕を切って落としてからの99戦に及ぶ一騎討ち。 王都までの道程で行われたそれの相手は、それぞれ軍役でも名のある騎士で、ヴィレンドルフにとって脆弱な騎士など一人もおらぬ精鋭揃いであった。 しかし、ファウスト・フォン・ポリドロは全てに勝利した。 慣れぬ敵国での旅路、列を組んで為す一騎討ち志願者に、休憩抜きでの連戦の条件で、である。 にも関わらず、99戦99勝。 もはや伝説上の生き物である。 ああ、そうか。 レッケンベル騎士団長は、やはりヴァルハラに旅立たれてしまわれたのだ。 確かに死んでしまわれたのだ。 国中がそう納得せざるを得ない結果を示した。 ならば―― ならば、認めよう。 そして、称えよう。 そうでなければ、レッケンベル騎士団長の誉れに傷がつく。 あの英傑に、ヴァルハラにて恥をかかせるような真似をヴィレンドルフの民として、してはならぬ。 この街道にて、大声を張り上げて、歓声で迎えるのだ。 レッケンベル騎士団長を倒した、敵国の英傑を。 そう、誰もが考えていた。 そして待ち望んでいた。 英傑の到着を。 「来たぞーーー!!」 誰かが叫んだ。 先頭では、ヴィレンドルフ国境線の指揮官が英傑を先導している。 槍の穂先にヴィレンドルフの国旗を付け、それを馬上で掲げていた。 その後には正使であるヴァリエール第二王女、それが乗った馬が続き、それを警護するように第二王女親衛隊が歩いている。 国民にとって、それらはどうでもよかった。 肝心なのはその次――であったのだが。 「うん?」 皆が首を傾げた。 確かに、噂通りの姿である。 2mを超える巨躯。 その魔術刻印が念入りに刻まれた見事なフリューテッドアーマーの下には、ヴィレンドルフの女たちを熱狂させる筋肉がミッチリ詰まっているのであろう。 それはわかる。 腰に、とても大きな、常人では振り回す事など出来ぬであろうグレートソードもぶら下げている。 次に馬。 大きく、見事な駿馬であった。 馬鎧のような魔術刻印総入りの赤い布に覆われたその馬は、まさに英傑が乗る馬に相応しく、その瞳は下手な人間を超えるほどの理知を感じさせた。 だが。 だが、しかしだ。 「バケツ?」 誰かが呟いた。 何故、頭だけグレートヘルムなのだろう。 グレートヘルムの名も良く知らぬ人間にとっては、日常使いのバケツにもよく似たそれ。 その連想しかできなかった。 その見事なフリューテッドアーマーには、余りにも似合っていなかったのだ。 「顔を見せなよ!」 「そうだ、顔だ!」 ブーイングにも似た、それがファウスト目掛けて飛び交い始める。 その身体は良い。 ヴィレンドルフ好みの良い身体をしている。 きっと尻も良いだろう。 だが、顔を見ない事には始まらないぞ。 これはレッケンベル騎士団長を称える追悼ではあるが。 同時に、一目その顔が見たい。 あのレッケンベル騎士団長に、第二夫人にと望まれた、その顔が見たい。 それが見たくて集まった側面もある。 群衆は声を張り上げ、それぞれは言い方が異なりながらも、その意味は同じである。 「その似合っていないバケツヘルムを脱いで、顔を見せろ!!」 その群衆の声に応えるのは。 大音声の笑い声。 本当に大きな、戦場でもこのような声をするのか、と群衆に感じさせるような笑い声であった。 それをファウストが発する。 「いいだろう! 顔を見せよう!!」 行進が、その声に応じるかのように一時止まる。 先頭を馬にて歩く、国境線の指揮官が気を利かせてその槍を下げ、行進を止めたのだ。 カチャカチャと、バケツヘルムの接合具を外す音。 群衆は固唾を飲んで見守る。 そして、ファウストがバケツヘルムを脱ぎ、脇にそれを抱える。 それを見た群衆は。 「――」 誰も声にならなかった。 これが人の顔か? 魔人か何かではないのか? もちろん、それは悪い意味ではなく―― 「美しい」 誰かがその言葉を発するとともに、行進を、このパレードを見守る何千人もの女達の内、何百人かの股が愛液で濡れた。 あれは人なのか? アレが、アンハルト王国では、その筋骨隆々の体付きと背の高さ故に、醜いなどと揶揄されるのか。 誰もが不思議に思う。 ヴィレンドルフではその真逆である。 「あまりにも美しい」 少し困ったように、照れたように、笑っている。 普段は木訥なのであろう。 その人柄が容易に見て取れる、その表情。 身長2mを超える見事としか言いようがない、その周囲全てを見下ろすような巨躯も。 フリューテッドアーマーの下に眠っているであろう、そのミチミチに詰まった筋肉も。 その何もかもが。 ヴィレンドルフの女を魅了してやまないシロモノだった。 「――」 「――」 一時、空気が止まる。 その空気を破るようにして、もう良いであろう、と。 国境線の指揮官が、空気を読むようにして、その槍の穂先を上げた。 行進が、このパレードが再開される。 再び歩き出す、ファウスト・フォン・ポリドロと、その馬フリューゲル。 それはヴィレンドルフにとって完全な美を示していた。 群衆は。 「美しい。さすがレッケンベル騎士団長を破った英傑よ、その姿までもが、その容姿までもが!!」 腕を広げ、感に入ったと全力で褒め称える上物の服を着た上級市民。 「私と一騎打ちをしてくれ、頼む! 頼む! 一度で良いのだ!」 従士が四人がかりでパレードに割り込むのを必死で止める、鎧姿の世襲騎士。 「これこそ……これこそが、まさに美術だ。生きた芸術作品だ」 必死の表情で、2階の窓からファウストを眺め、スケッチを開始する芸術家。 賛美の限りを尽くしていた。 万語の限りを尽くして、ファウスト・フォン・ポリドロを褒め称えていた。 この記録は、1000年経っても残されるであろう。 ファウスト・フォン・ポリドロの道中。 国境線からその全てに付き添い、その全てを記録した記録係の騎士が、そう呟いた。 王宮まで一直線の長い長い街道。 その中を歓声で包まれながら、パレードは続く。 それは最後尾のポリドロ領民30名、それらが、やっと我が愛する領主様が認められたぞ。 その誇らしさで満面の笑みを浮かべた連中が後を続きながら。 王宮に近づき、堀を橋で越え、跳ね橋が上がり、その城の門が閉じられるまで歓声は続いた。 いや、それが終わっても歓声は止む事は無い。 まるで神が造り上げたような、優れた芸術作品を見た。 その様子で、隣同士となった女どもと、目にした美しさを称える声は止まなかった。 ※ 一方、城内に入ったファウスト達一行は。 「ヴィレンドルフに産まれりゃよかった」 「ファウスト様、冗談でも言って良い言葉ではありません」 「いや、言いたくもなりますよ、こうもアンハルトと反応が違うようでは」 私に続いて、マルティナ、従士長ヘルガの言葉であった。 私は苦悶の表情で呟く。 「なんでヴィレンドルフだとこんなモテるのに、アンハルトだと全くモテないんだ。世の中おかしいぞ」 「いっそ、領地ごとヴィレンドルフに亡命しますか?」 「領地が歩けるものなら、そうしたい」 ヘルガと軽口を叩く。 少しくらい文句言ってもバチは当たらないだろう。 そんな顔を二人でするが。 「ファウスト様、ここにはヴァリエール第二王女も、その親衛隊もおられるのですよ。聞こえでもしたら」 「判った。もう言わない」 マルティナの咎める声に、私は黙り込む。 ザビーネ。 第二王女親衛隊長、ザビーネ。 服の上からでもよく判るロケットオッパイを持つ、今のところ唯一私にマトモに興味を持ってくれる女性よ。 彼女に嫌われるのは避けたい。 ロケットオッパイは惜しい。 惜しいのだ。 しかし、ついにザビーネとの接触の機会は与えられなかった。 フリューテッドアーマーに一か月に及ぶ鍛冶場への日参。 その後はカタリナ女王の情報収集に追われ、壮行会ではリーゼンロッテ女王の邪魔が入る。 国境線に入ってからは言うまでもなく、決闘の日々。 これでどうやってザビーネと、ロケットオッパイと接触せよというのだ。 込み入った話などする暇もなかったぞ。 精々挨拶を数度交わした程度だ。 世の中間違っている。 まあいい。 所詮こんなものよ。 世の中は都合悪く私に回ってるものよ。 ファウスト・フォン・ポリドロは静かに何かを諦めた。 気分を切り替える。 いよいよ、カタリナ女王との謁見である。 「ヘルガ、イングリット商会から、例のアレは受け取ったか」 「はい、ここに」 布に覆われたアレ。 無事に引き渡しを終えたイングリットは、今まで生きてきた中で一番緊張した運搬物でしたと言っていた。 さもあらん。 「ファウスト様、絶対これリーゼンロッテ女王に怒られますからね。一応、ヴァリエール様に一緒に謝ってもらえるよう頼んでおきましたけど」 「そんなに悪い事か」 「悪いに決まってるでしょう!」 マルティナの咎めの言葉。 確かにリーゼンロッテ女王は怒るだろう。 だが、怒られるだけで済むだろう。 その程度の事だと思うんだがなあ。 「さて、謁見だ。変なところはないか」 「そのグレートヘルム以外は特に。帰ったらちゃんと交換してもらいましょうね」 気に入ってるのに、このバケツヘルム。 何が皆気に食わないんだ。 もうこれでいいだろ、視界の狭さも直感でだいたいカバーできる。 一騎討ちでも役に立ったぞ。 無くても勝てたけどさあ。 それにしても、ヴィレンドルフの騎士はやはりアンハルトの騎士より練度が高いな。 国からの精鋭が集まっていたとはいえ、一騎討ちを99戦もするとそう思わざるを得ん。 だが、超人に一歩足を踏み入れた程度が精々の集団。 レッケンベル騎士団長のような、まさか私が負けるのか?というギリギリ感を、あの緊迫感を味合わせる騎士は居なかった。 「グレートヘルムは、ヘルガが預かっておいてくれ。お前は謁見の間に入れん。別の待合室にて、もてなしを受けることになる」 「承知しました」 グレートヘルムをヘルガに渡す。 「マルティナは騎士見習いとして、従士として傍についてきてくれ。カタリナ女王への贈答物を持ってな」 「本当に渡すんですね。まあ今更止めませんけど」 マルティナは、何かを静かに諦めた顔で呟いた。 「さて、カタリナ女王の心をこれで斬れるものかね」 そうとは思えない。 しかし、これ以外に思いつかなかった。 情報収集を念入りに行ったが、レッケンベル騎士団長とカタリナ女王とのエピソード。 吟遊詩人の語るそれから着想を得たのは、これだけだった。 「とりあえず、笑わせてみるかね」 すまない、ヴァリエール第二王女。 先に案内され、ヴィレンドルフ国境線を踏み入って以来、初めて正使としての待遇で歩き始める。 そんなヴァリエール様の小さな背中を見た。 少々、道化を演じてもらう事になるが、私に貴女への悪意はないのだ。 私にはこれしか思いつかなかった。 カタリナ女王から、一笑をとる。 それにはこれが必要で、ヴァリエール様のリアクションも必要なのだ。 「しかし、レッケンベルか」 「何か?」 「いや、何。レッケンベル殿は、本当にカタリナ女王の事を愛していたのだろうな、と」 マルティナが抱える、布に包まれたそれを見る。 吟遊詩人に知り得る限りのカタリナ女王とレッケンベル騎士団長の英傑詩、その全てを謳わせ、休憩を挟んだ。 そんな時であった、二人の珍妙なエピソードを聞いたのは。 あのレッケンベル騎士団長が、ただ一度だけ、カタリナ女王とともに宮廷から咎めを受けた事がある。 政治も、軍事も、戦闘も完璧。 その全ての才を合わせると、私を上回っていたであろう超人。 そんなレッケンベル殿がだ。 その心境は、エピソードからも察するにあまりあるところがある。 「愛してたんだろうなあ、本当に」 「私には、理解できませぬ。カタリナ女王は与えられただけの愛情をレッケンベル殿に、何か返せたのでしょうか。レッケンベル殿が一方的に忠誠を誓い、功績を捧げ続けただけでは」 「マルティナ」 私は少し咎めるように、マルティナの名を呟く。 「見返りが不要とは言わない。だが、見返りを求めるだけなのは愛とは呼ばない。そして、死ぬ寸前まで近づいてから、いや、死んでからやっと気が付く愛すらある」 「それは実体験ですか」 「そうだ。そして、死んだ者はそれで充分なのかもしれない。死んだ後にやっと愛情に気づいて、相手が死してなお想う事で、亡き相手に届く愛があるのかもしれない」 そうとでも思わないと、やっていられない。 母上。 私は貴女に何も、生きている間、親孝行ができなかった。 だが、貴女の残した領民と、領地ぐらいなら守る事が出来るだろう。 そうだ。 そのためにも、ヴィレンドルフとの和平交渉を成立させる必要があるのだ。 先を歩く、ヴァリエール様が振り向こうともせず、声を私にかける。 「いよいよ行くわよ、ファウスト」 私は息を大きく吸い、ヴァリエール様に答える。 「承知」 その声は、ヴィレンドルフ王宮の廊下に静かに響いた。