第30話 ザビーネを殴ろう 「私のポリドロ卿が会いに来てくれない件について」 「知らないよ」 安酒場。 貧民街に近い安酒場、第二王女親衛隊が酒樽一つ買い切って貸しきりにしている、その酒場にて。 第二王女親衛隊隊長、ザビーネは憤っていた。 「女と男として親しい関係もって言ったんだよ、私は! そしてポリドロ卿もこれからもよろしくって言ったんだよ!」 「もー、耳が腐るほど聞いたよその話は」 憤るザビーネ。 だが、それに対する親衛隊たちの反応は冷たいものであった。 酒に酔い、机に顔を突っ伏しながら、手だけを上げて横に振る。 「いや、そもそも、ヴァリエール様の昨日の話聞いてた? 壮行会はこれから行うって。まあ、王宮の一室でささやかに行うものらしいけど。ヴァリエール様とポリドロ卿、そして第二王女親衛隊だけでささやかに」 「聞いてたさ。だが、一か月も前から、ポリドロ卿は王都に滞在しているではないか。一度くらい顔を会わせてくれてもいいではないのか?」 「なんか、ヴィレンドルフ対策でポリドロ卿に惨めな姿をさせるわけにはいかないって、フリューテッドアーマーの製作に忙しいって聞きましたよ。ずっと鍛冶場に詰めてたとか。製作費は全額、第一王女の歳費から出るそうです。羨ましい」 まだ酔いつぶれていない、親衛隊の一人が声をあげる。 この話は、王宮の侍童が喋っているのを小耳にはさんだものだ。 つまり、新情報である。 「その話、知らない。いつ聞いたの」 「ごく最近です。その侍童、ポリドロ卿の筋骨隆々の姿を嘲笑っていたのでヴァリエール様に報告しておきましたが」 最近、ヴァリエール様と第一王女アナスタシア様は仲がいい。 ヴァリエール様から、その侍童については報告が行き、おそらくアナスタシア様はその侍童を派遣した領地に激怒とともに叩き返すであろう。 いい気味だ。 そんな事を考えながらも、親衛隊の一人はザビーネの言葉に耳を傾ける。 「早く言ってよ! それ知ってたら、鍛冶場に押しかけてたよ! 相談役として与えられてる下屋敷を尋ねても、領民はどこに行ったのか口を濁すしさ! 私、これでも第二王女の親衛隊長なのにだよ!」 「いや、知ったの最近ですし。そこを押しかけて邪魔するのも悪印象では? 鎧の製作となると、鍛冶師の秘事、その隠している技術にも触れますし」 鍛冶場に詰めて、ポリドロ卿が何をしてるのか判らないが。 ひょっとしたら忙しいのかもしれないし。 その状況に押しかけて行ったら、好感を持たれるどころか逆効果ではないか。 そう親衛隊の一人は考える。 実際には、暇で暇で仕方なかったファウストは、ロケットオッパイであるザビーネの訪問を歓迎したであろうが。 それは第二王女親衛隊の誰にも判らない。 「私はどうすればよかったのだ?」 「何をするにも今更では? というか何がしたいのですか?」 「ナニがしたい。つまりエッチだ。この一か月で享楽的な関係を結びたかったのだ」 アホだコイツ。 親衛隊の一人は、会話するのやめようかなと思った。 我ら第二王女親衛隊14名。 男と縁など無い。 そもそも、相談する相手が間違っているのだが。 まあ、他に縁も無し。 この手の話を未だ14歳であるヴァリエール様に相談するのも間違っているであろう。 以前、高級売春宿に通うための料金を、そのヴァリエール様の歳費にタカろうとしたがな。 まあ、それはとりあえずいい。 今は地団駄を踏む――ザビーネは自分の考えることが上手い事進まないと、このような行動にでる。 酷い時には地面を転がる聞かん坊である。 まるでチンパンジーである。 パパとママはしっかり躾をしてくれなかったのであろうか。 ……されてないな、この第二王女親衛隊全員が。 誰一人としてマトモな騎士教育を受けていないはずだ。 悲しい話だ。 だが、ここまで醜くはない。 ザビーネほど醜くはない。 親衛隊の誰しもが、自分はアレよりマシと思っていた。 「とにかく、私はポリドロ卿とエッチがしたいんだよ!!」 「知らねえよ」 酒を未だに飲み続けている、親衛隊の一人が答えた。 「相談する相手が間違ってるんだよ。ここに居る全員が恋愛経験のない処女だよ。何が言いたいんだよ」 「ヤラせて欲しいんだよ!!」 「聞けよ。せめて相談してるなら話聞けよ」 ザビーネは、話を聞かない。 床に寝転がりながら、足をじたばたさせている。 大分酔ってるなあ。 それにしてもザビーネ、ポリドロ卿みたいな男がタイプだったのか。 いや、そうと知ったのは実際に話してみて、あ、この人と気が合う、となんとなく直感だったらしいが。 ザビーネの求める、エロエロで退廃的な日々が、あの生真面目なポリドロ卿と送れるものだろうか。 はなはだ疑問である。 まあよい。 ともあれ、我々は鎧を新調したポリドロ卿と一緒に旅立つわけであるが。 「ザビーネさあ、ヴィレンドルフで何が起こると思う?」 「何だ、突然」 「あの国さあ、男に対する価値観が私達と全然違うじゃん」 線は細く、背は小さく、大人しい。 アンハルト王国に見られる、男の好まれる特徴。 それとは真逆。 身体は筋骨隆々、背は高く、性格は猛々しく。 ヴィレンドルフ王国に好まれる男の特徴。 ポリドロ卿はその全てを満たしている。 おまけに、顔は決して悪くない。 むしろ顔はいいんだ、顔は。 アンハルト騎士の、国民の一人としては、どうしてもポリドロ卿は好みのタイプとはいえないが。 いや、言い訳のように言うが、我が国きっての英傑だとは認めているぞ。 性格の良さも認めている。 だが、ともあれ、前述したようにだ。 「ヴィレンドルフ王国では、ポリドロ卿、ガチでモテるよ。しかもあの国の英傑レッケンベル騎士団長を正々堂々討ち果たした男。非の打ち所がない、傾国の男だよ。どうすんのさ」 「どうすんのさ、とは」 「いや、ポリドロ卿奪われてもいいの? 別に今のところ、アンタのじゃないけど」 一騎討ちの求婚。 レッケンベル騎士団長がそうしたように、それをなぞっての一騎討ちが大量に挑まれることになる。 いや、それに負けるポリドロ卿ではないが、単純に口説きにかかる女もいよう。 ほっといてもいいのか? そう尋ねるが。 ヒラヒラと、床に寝転がったままザビーネは手を振る。 「アスターテ公にいくら愛人にと望まれたところでそれを断ってる男が、敵国ヴィレンドルフに口説き落とされる? 考えが甘いよ」 「というと?」 「ポリドロ卿にとって最重要なのは、先祖代々の領地と、自分に命がけで従ってくれる領民。その二つ。それを奪おうとする奴なんか、誰も許さないよ。ヴィレンドルフの人間が、それをどうやって保障できるのさ」 ザビーネは、よっこいしょ、という言葉と共に立ち上がる。 「ま、ヴィレンドルフ女王クラスであればできるのかもしれないけどね」 「出来る奴がいるじゃないか」 「ヴィレンドルフ女王が?」 はん、と鼻で笑いながら、ザビーネが答える。 「冷血女王カタリナ」 「?」 「ヴィレンドルフでの呼び名だよ。英傑レッケンベルとは違い、ヴィレンドルフでの、その評判は宜しくない。我が国のアナスタシア第一王女よりも冷血で――なにより恐ろしい、そう言われている」 コイツ、どうやって敵国の情報を抜き出しているのだろう。 自分も一応騎士の立場だが、そんな話聞いたことも無い。 ザビーネが我々三女や四女の出来損ないの集まりとは違い、実は長女であったという噂は本当なのだろうか。 確かに、教養だけはコイツ妙にあるのだ。 ちゃんと騎士教育に近い、何かを受けた節がある。 それが無ければ、演説などできない。 その性格故――家督を継ぐ見込み無しとして見捨てられた。 我が国の諜報を担う家系に生まれたという噂。 ……官僚貴族が宮廷にて漏らした、馬鹿馬鹿しい噂話。 その能力や諜報ルートは今でも生きているのだろうか。 だから、ザビーネは今でもあんなに情報通なのでは。 まあ、肝心のポリドロ卿の情報だけは今回手に入らなかったようだが。 「アレはヴィレンドルフではない。誉れを持たない。理屈でしかモノを解そうとしない何か。そう言われてるんだ。14歳の相続決闘にて当時20歳の長女を、その決闘に用いた刃引きの剣で喉を突き、地面に崩れ落ちたところで頭を蹴り殺した。まあ、幼いカタリナ女王を虐めていた陰険な長女で、才能には乏しかったそうだがね」 ザビーネは語る。 「更には、それを咎めた父親を殴り殺し、悲鳴を挙げて抑えにかかる決闘の見届け人達にこう述べた。この場で最も強い奴がヴィレンドルフを継ぐ、私はレッケンベルからそう教えられたぞ、と」 ザビーネは自分の杯に樽からエールを注ぎ、それをグビリと飲み干しながら。 また話を再開する。 「誰も二の口を継げなかったそうだよ。ヴィレンドルフの第二王女に至っては、相続決闘を勝ち目無しと自ら放棄した。ヴィレンドルフ女王、カタリナは狂っている。理屈だけで生きてるモンスターだ。母親殺しに父殺し、姉妹殺しの三冠達成者。そんな化物が、ポリドロ卿のような人間に魅了されるか? 私はそうとは思えないね」 「……私はその逆であると思うのだがな」 アスターテ公が我が戦友にして、太陽。 そう称する男。 何度も言うが、アンハルト王国の国民としては、男としての魅力は判りがたいのだが。 あの騎士としての心根の美しさには、第二王女親衛隊と相談役の立場から、少ししか触れ合いを持たない我らでも判るのだ。 ましてヴィレンドルフでは、絶世の美男子なのだろう。 案外―― 「ポリドロ卿という人間が、騎士が、化物の心を斬り殺してしまうかもしれんぞ」 「化物を倒すのはいつだって人間だ、か。騎士らしい言葉ではあるかな」 はん、とザビーネは鼻で笑う。 「とにかく、私のポリドロ卿がヴィレンドルフの女に心奪われる事は有り得ない。ポリドロ卿は実のところ女男の関係ではウブで、可愛い男と見たが、その心の奥底。根底だけは揺るがない。領地と領民だけは手放せない。ゆえに、敵国の女に心揺るぐなど有り得ない事――」 「……和平交渉の条件に、是非ヴィレンドルフの女をポリドロ卿の嫁にと望まれたらどうするんだ」 ピタリ、とザビーネが止まる。 それは想定してなかった、という顔だ。 「いや、そんなの有り得る?」 「絶対ではないが、超人の子からは超人が産まれやすい。優秀な子種が欲しいと、ヴィレンドルフが望み嫁を差し出し、出来た長姉以外の子をヴィレンドルフに譲る。そういう交渉条件の成立は有り得るのでは?」 「利敵行為じゃん。そんなのアンハルト王国が、ヴァリエール様が認めるわけないぞ」 ザビーネが、聞いて損したとばかりに顔をそっぽ向ける。 だが―― 「さて、どうだか。今回の交渉、正使はヴァリエール様だが……」 「実際の交渉はポリドロ卿だと?」 「違うか?」 ヴィレンドルフ戦役に参加したのはポリドロ卿。 そして第二王女相談役、ヴァリエール様の知恵袋もポリドロ卿だ。 ヴァリエール様は初陣を通して、成長なされた。 アナスタシア様とも和解され、今ではアナスタシア様自らがヴァリエール様に教育を施すようになったとも聞く。 だがしかし。 「決してヴァリエール様の事を貶める訳ではないが。実際の交渉はポリドロ卿が執り行う。相談役として後ろから口を挟む、それは事実だろう? そして、アンハルト王国の状況は、一騎士の私から見ても良くない」 「ポリドロ卿が、或る程度の条件ならば、和平交渉のためならそれを飲み込むと?」 「宮廷の空気、悪くないか? 馬鹿な私でもそれを肌で感じるぞ」 親衛隊の一人、それがゆえに一代騎士に過ぎぬが王宮への登城権を持つ私、それですら、宮廷の空気が悪いのを感じるのだ。 ヴィレンドルフへの再侵攻の不安視。 今度こそは万全の体制で迎え撃つ、とはいかないのだ。 未だ遊牧民族との、北方での戦争は治まらぬ。 それが解決しない限り、またアスターテ公爵の常備軍500で迎え討つ事になりかねない。 いや。 「今度は、我々も第二次ヴィレンドルフ戦役に参加させられるかもしれないな。そして死ぬかも」 「……だからといって、ポリドロ卿が、いや……あの男は口でなんだかんだ言っても、他人のために身を削ってしまうタイプか」 「ザビーネほど飲み込めていないが、そういう性格な気がする」 ザビーネは頭を抱える。 「私はさあ、ポリドロ卿とエッチがしたい、ただそれだけなんだよ」 「知らないよ」 また話が最初に戻ったぞ。 酒入ってるしな、仕方ないね。 「享楽的な、退廃的なエッチだけの生活に溺れたい、ただそれだけなんだよ。一日三回は最低したいんだよ」 「知らないよ」 それザビーネの自家発電の回数じゃないのか。 「どうしてこの世はこんなにも儚い」 「あのさあ、物憂げにつぶやいてみても、現実は何も変わらないからね」 ともかく、ザビーネはヴィレンドルフを甘く見過ぎなのだ。 ポリドロ卿の貞操が、あの蛮族の、ポリドロ卿こそ理想の男性と崇める国でどうなるか。 どんな運命を辿るのか。 それはまだ、誰にも判らない。 第二王女親衛隊の一人はそんな事を想い。 「それはそうとお前等全員恋愛経験ゼロで、まだ処女なんだよね。私はお互い恋する人が出来たよ。ポリドロ卿っていうの。羨ましい? ねえねえ、羨ましい?」 「黙って死んでろ」 挑発してくるザビーネを一発殴ってやろうと、親衛隊13人全員が椅子から立ち上がった。