第18話 戦後処理はこれから 王城内を歩く。 私ことヴァリエールは、戦地での処理を終え、王都アンハルトに帰還していた。 もちろん、第二王女親衛隊たち――ハンナの亡骸と一緒に。 その埋葬は親衛隊と、相談役であるファウストと私。 その16名の参列者のみで、静かに行われた。 お母様が、貴女を守ったからには相応の格式でと、法衣貴族の武官達。 女王親衛隊を含めたそれで、厳かに行おうと提案してくれたが。 それを、ハンナが喜んでくれるとは思えなかった。 私と親衛隊たちは、仲間内だけで葬儀を執り行う事を望んだ。 そうする事が、ハンナは一番喜んでくれるだろうと考えたのだ。 何より話が大きくなり、状況に掌返したハンナの家族が墓参りに訪れるなど、ハンナは決して喜ばないだろう。 むしろ、怒られてしまう。 「ザビーネ」 「なんでしょう、ヴァリエール様」 「ハンナの事は吹っ切れた?」 傍にいる、ザビーネに声を掛ける。 ザビーネは悲しそうな顔で、軽く首を振った。 まだ、完全には立ち直れていないようだ。 「姫様。あの小さな村の直轄領の人達に関してですが」 「それは貴女の知ってる通り、アスターテ公に。それから、お母様にも頼んだ。何も心配いらないわよ」 ザビーネが死地に駆り立てた者たち。 重傷を負いながらも、志願民兵を指揮し、青い血としての名誉を回復した代官。 生き残った重傷者を含む志願民兵計30と、救出した男に少年達。 そして10の亡骸は、アスターテ公が輸送してくれるとの事であった。 カロリーヌが抱えていた財貨や領民の武装は、全てアスターテ公が回収した。 やがて、直轄領の遺族への補償に充てられるとの話である。 女の数こそ減ってしまったが、男と少年達は取り戻した。 いずれ、お母様から命令を受けた官僚貴族が、減ってしまった人数分の移住者を見繕い、毎年少しづつ様子を見ながら村民の数を増やし、小さな村の小さな幸せを取り戻すであろう。 もっとも、死者たちへの悲しみが癒えるまで。 カロリーヌが破壊した村の痕跡が消えるまで。 大分、時間がかかってしまうであろうが。 「そうですか」 きっと、ザビーネが立ち直るよりも時間がかかるだろう。 そのザビーネだが、今回、階位が二つ昇位した。 他の親衛隊も全員、階位が一つ昇位した。 今回の功績ばかりは、直轄領を襲い、男や少年達を攫い、財貨を奪い、ましてヴィレンドルフにそれらを売り渡し亡命しようとした売国奴。 そのカロリーヌ討伐の功績としては、昇位にふさわしいと判断したとお母様が言っていた。 ただし、ザビーネの二つ昇位については、少しファウストが口を挟んだが。 民兵を徴兵したのは隊長であるザビーネの功績と聞いていますが、と不思議な顔をするお母様。 「あの状況では最適解であった。最適解であったのは結果から見ても明らかではあります。それは認めます。ですが、進言したい事が」 ファウストは、あのザビーネの演説に対して、自分が思っていたことを素直に語り、苦言を呈した。 お母様はその内容に頬をひきつらせ、言われれば私もアレは青い血としては拙かったと思い返す。 しかし、勝てば官軍である。 お母様は吟遊ギルドに命じて、ザビーネの熱い鼓舞に応じて民兵達が自ら志願したと英傑詩を作り上げ、今回に関しては適当に誤魔化しておく、と答えた。 まあそれ以外に他はない、というファウストの何かを諦めた表情は今でも思いだせる。 結果、ザビーネの二つ昇位に関しては変更が無かった。 次回は本気でファウストを怒らせかねないので、ザビーネには言って聞かせなければならない。 もっとも、言わずとも二度と同じことをするとは思えないのだが。 ザビーネは民兵を駆り立てて死人を出した事を、ハンナの死を、心から悔いている。 吟遊ギルドに命じられた吟遊詩人たちが王都中で謳い出すであろう、その捏造された英傑詩を聞いて、更に心を痛める様な事が無ければよいのだが。 きっと、無理だろうな。 ザビーネの顔色は冴えない。 夜、ちゃんと寝れているのであろうか。 私も時々、あの戦場音楽や、自分が殺した女の顔を夢に見て、ベッドから飛び起きることがある。 やがて、それも時間とともに収まるのであろうが。 「……」 そういえば、今回のファウストの功績に対しては何が与えられるのであろうか。 ファウスト無くして、今回の勝利は無かった。 ヴィレンドルフ戦役では、ファウストはその大きな功績に対しては少し満たない金銭を褒美として望み、お母様や法衣貴族には欲が無い男だと言われたものであるが。 ファウストの今回の功績に対する褒美の発表は、未だに公表されていない。 いや、待てよ。 ひょっとして、私の歳費からちゃんと出さないと拙い? ファウストは第二王女相談役として参加してくれたのよね。 だから、私から褒美を出すのが当然で、だからこそお母様も未だ何も言ってくれない―― うんうんと、頭をうならせる。 私に与えられた権限での少ない歳費では、とてもファウストが満足いくような報酬は出せないぞ。 また後で、お母様に相談しなければ。 今回に関しては、正直、国の歳費から出してくれ。 或いは、私の歳費をこの際増やしてくれ。 国の面子を守ったんだから、それぐらい良いだろう。 そう願う。 そんな事を考えながら、王城の廊下を歩いていると。 「あら、ヴァリエール。こんにちは」 「姉さま。えっと……こんにちは」 私は姉さま――アナスタシア第一王女に声を掛けられ、その眼光に硬直する。 駄目だ。 アスターテ公とは視線を合わせられたのに、姉さま相手だとさすがにキツイ。 そもそも、本当に目つきが悪いのよ姉さま。 あのファウストですら、視線を合わせるのを嫌がるのよ。 私だって、怖がるくらいは許されるわね。 でも、駄目だ。 第二王女として、親衛隊に恥じないように青い血として立つと決めたのだ。 視線を合わせなければ。 「ヴァリエール、挨拶ぐらいはマトモにできるようになったのね。とても良い事です」 「えっと……有難う、御座います?」 私は困惑する。 今のは、姉さまが、少しは私の事を認めてくれた言葉と受け止めてよいのだろうか。 「貴女に、少し聞きたいことがあります」 「はい」 姉さまが、私に聞きたい事? それは何であろうか。 「私が貴女に教えた、初陣における心構えは役に立ちましたか?」 「……」 初陣における心構え。 一つ、戦場では何が起こるかわからない。事前に得た情報に齟齬が生じる事。 一つ、後方の安全圏にいると思いきや、突如として敵の精鋭が襲い掛かってくること。 もう一つは――自分にとっての愛する人間が、死ぬことすら平然と起きるということ。 「戦場は、全て姉さまの仰る通りの事が起きました。ですが、役立てる事はできませんでした」 「そうですか。ファウストやアスターテによる、それぞれの報告は読みましたが、それにしたって余りにも酷い状況だったようです。気にする事はありません」 「いえ、役立てることが出来ず、申し訳ありません」 素直に、謝罪する。 あの時の姉さまの気持ちはよく判らなかったが、姉さまなりに気遣ってはくれていたのだ。 「ヴァリエール」 「はい、姉さま」 姉さまが、その蛇のような眼光で、じっと私の瞳を見つめる。 「貴女は――愛する者が目の前で死にゆく状況下でも、冷静に対処することができましたか?」 「……いいえ」 アスターテ公には強がりを言ったが、今回は正直に答える。 私にはできなかった。 それは王族として失格なのだろうか。 「なれば、それは良い事です」 「は?」 思わぬ、姉さまの言葉にきょとんとする。 姉さま、何が言いたいのだ。 「初陣で愛する者が殺された場合、半狂乱に陥って、敵目掛けて暴れまわる。それは我が血族の特徴です」 「……」 それでいいのか、我が血族。 本来、冷静であるべきじゃないのか。 それこそ、緊急時なのだから。 「私は、正直貴女が本当に我が血族の血を引いているのかと疑っていました」 「……」 私、そこまで姉さまに嫌われてたのか。 嫌われているのは知っていたが。 正直、愕然とする。 「ですが、違ったようです。見直しましたよ、ヴァリエール」 「あ、有難うございます」 今度こそ、私にもハッキリわかるように姉さまは褒めてくれた。 一応、誇りに思っていいだろう。 その内容は、正直言って私には微妙に思えるのだが。 「さて、私の話したい事は終わりとしたいところですが、ヴァリエール。まだ言いたいことが」 「はい」 少し、胸を張りながら答える。 この様子だと、そう無体な事は言われないだろう。 「貴女、余計な事してくれましたね。貴女の功績のせいで、私の女王就任が少し先に延びました。リーゼンロッテ女王曰く、宮廷内のバランスを考えろ、との事です。大人しく逃げ帰ってくれれば良かったものを」 「……」 無茶苦茶に無体な事言われた。 知るか、そんなの。 私の功績を全力で否定しにかかるなよ。 「ヴァリエール。死んでは何も意味が有りませんよ。生きてこそ花は咲きます。我々王族は、その立場として、最高指揮官として絶対に死んではならないのです。貴女がもし死んでいた場合、例え闘いに勝利したとしても、王家は初陣の補佐を務めていたファウストに対し何らかのペナルティ、罰を与える事も考慮に入れなければなりませんでした」 「それは判っております」 姉さま、その言葉通りにとると、最終的に心配しているのは私じゃなくて、ファウストの方じゃないのか。 そんな疑念を抱く。 「それと最後に二つ」 「まだ何か?」 私は正直ウンザリしていた。 これ以上、一方的に責められるのは嫌だぞ。 私はそう考えるが。 「一つは、よく生きて帰りました、私の妹」 「……」 私は、喜びよりも驚愕する。 そんな言葉が、姉さまの口から飛び出すとは思わなかった。 あの鉄面皮の姉さまが。 法衣貴族から、本当に自分と同じ血が通っているのか、と疑われる姉さまが。 あの鬼そのものの視線で子供のころから私を睨みつけてきていた、あの姉さまが。 これは快挙である。 快挙そのものである。 「もう一つは、ヴァリエール。直に、アスターテが、私の相談役が直轄領に村民を送り届け、ついでの仕事をこなして帰ってきます。用意しておきなさい」 「用意? ついでの仕事とは?」 私は思わず、心の底で全身全霊を籠め、これは快挙であるぞ、と快哉を挙げていたが。 もう一つの話に、疑念を浮かべる。 何の用意だ。 ついでの仕事とは? 「まだ、戦後処理は終わっていません。今回、貴女を追い詰めた最大の原因。売国奴カロリーヌの姉である、ヘルマ・フォン・ボーセル。家督相続を勝ち取り、ボーセル領の領主となったヘルマ。それは結構。だがその際、カロリーヌとその配下を逃した。結果、カロリーヌは山賊を指揮下に置き、我が王家の直轄領を襲った。その手抜かりへの追及がまだです。アスターテは直轄領に寄るついでに、ヘルマを王都に連行して帰ります」 「……」 ハンナの死に衝撃を受けすぎて、忘れていた。 それがまだ残っていたか。 我々が苦境に追い込まれた、最大の原因。 完全に思いだした。 そもそも、今回の原因である地方領主の長女たるヘルマ・フォン・ボーセルへの多額の謝罪金――戦費の請求を、ファウストから依頼されていたのであった。 それこそケツの皮が剥けそうなほど、私は自分のケツも拭けない領主騎士が反吐が出る程嫌いです。 それがファウストの言い分であったか。 「まあ、貴女がヘルマを問い詰めるのではありません。母上、リーゼンロッテ女王が王としてヘルマを問い詰めます。ですが、貴女は関係者であり、その迷惑をこうむった者なのです。その裁定に不満があれば、意見を述べる。その資格があります」 「私の……意見」 「その罪と罰への裁きは、王の間で、上級法衣貴族、そして諸侯やその代理人を集め行われます。全員は忙しくて参加できそうにありませんがね。貴女は相談役であるファウストと、同席しなさい」 「判りました」 最後の発言、それを終えて、姉さまが背を向けて廊下を立ち去る。 私は怒るべきなのだろう。 あのような事が無ければ、私はただの山賊退治を済ませ、おそらく親衛隊全員そろって王都に帰還していた。 まあ、あくまで仮定の話で、戦場では何が起こるか判らないが。 怒りはどうにも湧いてこない。 あの、憎むべきであろうカロリーヌに対してもそうなのだ。 もはや、何事も片付いてしまった。 そんな心境であった。 だが、まだ終わりではない。 終わりではないのだ。 「御免、ファウスト。領地に帰りたがっているところ悪いけど、もう少しだけ力を借りるわ」 私は、王家から与えられた下屋敷で今頃、私は何時になったら今回の報酬を貰い、何時になったら領地に帰れるのだ?と愚痴っているであろうファウストに心の中で詫びた。